冷徹社長はかりそめ妻を甘く攻め落とす
とっさに腕で受け止めた体からは、メープルシロップの香りがした。
懐かしい匂いだ。この匂いが好きだった頃がたしかにあった。
『……危ない』
腹部に腕を押し当てている今の体勢は痛むだろうと、腕と背を支えながら立たせる。
そっと触れた彼女の二の腕は柔らかでドキリとした。
『す、すみませんっ……!』
鼻のクリームがなくなっている。どこへいったんだ。手品を見せられている気分だ。なぜ俺にそんなことをする。彼女になんの得があるというんだ。
彼女はすぐに俺の胸を引き離し、『どうもすみませんでした! これ、ハンカチです!』とハンカチを握らせて駆け出した。
『では、私はこれで失礼します』
彼女はレッドカーペットを引き返し、スカートを揺らしながらホテルのエントランスへと去っていく。
腕に残る柔らかな感触と温かさ。
色づいた景色はしばらく戻らない。
消えたホイップクリームが、俺のスーツの襟についていた。
それを指で掬い、口の中へと持っていく。
メープルシロップの風味とともに溶けた。
「……甘い」
その日ずっと、それからの日々もずっと、彼女の色も、香りも、感触も、そして痺れるような甘さも、頭から離れなかった。