冷徹社長はかりそめ妻を甘く攻め落とす
取り残されたマダムたちは顔を真っ赤にしながら「なにあれ!」「サービス悪いわ!」と憤慨しだす。サービスする義理はない気がするけど、たしかに感じは悪いと思う。
あんな人もいるんだ、と気を取られ、私は一番美味しい生地の真ん中の部分を無心で喉の奥へ流してしまった。
瀬川さんは二重の自動ドアを颯爽とくぐり、エントランスの外へ去っていく。
そのとき、彼が最後にジャケットをしゃんと直し、ワインレッドのハンカチがひらりとこぼれ落ちた。それはドアとドアの間の地面に取り残され、絨毯の朱色と同化する。
思わず「あっ……」と声が出たが、外でドアの横に立っている警備員さんは気づいておらず、入ってくる人々も足下には目を向けない。
瀬川さんに届けなきゃと思うと同時に、ハンカチが踏まれたらかわいそうだと感じ、私はナイフとフォークを置いて駆け出した。
「あの!」
ドアの間でハンカチを拾い、まだ近くにいた瀬川さんの背中へ声をかける。
彼はすぐに気づいて私を振り返った。