冷徹社長はかりそめ妻を甘く攻め落とす




マンションへ帰った。
元気が出ず、無音のまま玄関へたどり着いたためか、ジータも瀬川さんも出てこない。

荷物を置いて靴下のまま廊下を歩く。

寝室もリビングも電気がついていない。そうなったら、あとは彼がいる場所はひとつだ。
ゆらりゆらりと歩みを進めると、真っ暗な廊下にほんの少し灯りが漏れている。
ドアがかすかに開いた書斎を訪ねる。

理由はないけど、瀬川さんの顔が見たかった。「おかえり」と私だけに向けてくれる笑顔を見たくて。

「瀬川さ──」

『ご主人。今は芽衣さんがいるのに、あの方を忘れられないのはなぜなんです?』

中からジータの声がした。

私は反射的に黙り、喉の奥までピタリと止まる。

「うるさいぞ、ジータ」

『ひとりに決められないんですか。まったく欲張りですね』

「誰かを愛したこともないAIになにがわかる。人間はそう簡単には忘れられないんだ」
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