冷徹社長はかりそめ妻を甘く攻め落とす

「あのー……芽衣ちゃん。その人、テレビに出てる瀬川慧さんでしょう? え、お付き合いしてたの…!?」

キッチン用のベレー帽を外し、店長は響子さんの隣へやって来る。突如現れた有名人に驚きながらも、響子さんにちゃっかり「色紙(しきし)とペン持ってきて」と耳打ちしていた。

一日真面目に仕事をしていた店長たちは知らないはずだ。私と瀬川さんが世の中でどんなことになっているか。

「実は……先週ホテルで居合わせたところをスクープされちゃったんです。本当にそれだけなんですけど」

「えぇ!? 芽依ちゃん、瀬川慧とホテル行ったの!?」

「店長、ちゃんと聞いてくださいっ。そうじゃなくて」

顔を赤くする店長の隣で、響子さんはタタタとスマホをいじり、「あら本当! これ芽衣ちゃんね!」と記事を探し当てて見せた。

盛り上がるふたりに、瀬川さんは涼しい顔でうなずいている。恥ずかしくなり、私はスマホ画面を手で遮った。

「転んだところを受け止めてもらっただけで全然なんでもないんですよ! うしろ姿だったし、記事のことはもういいんです。……でも、なんでか瀬川さんがテレビでこの女性は婚約者だーとか言っちゃって」

もう一度、皆で視線を彼へと戻す。
瀬川さんは眉ひとつ動かさず、

「ええ。事後報告になってすみません。婚約できますか?」

と言ってのけた。
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