冷徹社長はかりそめ妻を甘く攻め落とす
第1話 突然の婚約宣言
柔らかな生地から漂う香ばしさ、ゴールドのシロップの輝きと、絶妙に散りばめられたシナモンのスパイシーな香り。
添えられたホイップ、ラズベリーとイチゴ、そしてミントのコントラストの美しさ。
一年前からずっと探し求めていた完璧なパンケーキが、今、目の前にある。
内装、外観ともに金縁の装飾があちこちに施され、歴史ある洋館を現代風にアレンジしたようなここ、『ホテルトロイメライ東京』。
ホテル内のカフェもレストランも、バーも最高ランクだと有名だが、私はそれよりも、この宿泊者のみが口にできる朝食バイキングが目的だった。
三か月のもやし生活に耐え、やっと一泊分の宿泊費を捻出した。ここのバイキングのパンケーキを口にするためだけに。
ひとりで堂々とパンケーキを写真に収めた後、震える両手でナイフとフォークを構える。
「い、いただきます……」
もちっ、と表面にナイフを差し入れると、スッ、ふわっ、と中まで通った。
ごくわずかに、あえて半ナマの部分が残されており、とろーり美味しそうにナイフに絡みつく。
ひと口大の生地にクリームとシロップ、シナモンを一度に乗せ、ゆっくりと口へ運ぶ。
「……天才すぎるよ……」
上品な甘さと、こだわり抜いて引き算された素朴な生地のハーモニー。なんて素晴らしいの。
あまりの美味しさに涙がこぼれ落ちた。
「幸せ……」
周囲の怪しむ視線なんて今は刺さらない。間違いない、私、今日のために生きてきたんだ。