冷徹社長はかりそめ妻を甘く攻め落とす
「あの人もしかして、瀬川慧かしら?」
彼を見て、隣のテーブルのマダムふたり組が手の甲を口に添えながら囁き合う。
ひとりは真珠のネックレス、もうひとりはダイヤのネックレスを着けている。おそらく私よりもふた回りくらい年上だと思うが、向こうの方がよほどキラキラしていた。
「やだすっごくイケメン」
「本当に若いのねえ」
瀬川慧。私も知っている有名人だ。
実物はテレビで見るよりさらに綺麗だったから、わからなかった。
たしかAI業界に革命をもたらした天才エンジニア、だっけ。なにをして革命をもたらしたのかはよく知らないけれど。
有名人との遭遇にとりあえずワクワクしてみたが、すぐに意識をパンケーキへと戻した。
ひと口、ひと口。少しずつ大事に味わいながら、たまに紅茶でリセットする。
「どうする? サイン貰う?」
「握手は? ハグはダメかしら?」
マダムたちはまだ有名人に夢中なのか、話し声のせいでちょくちょくこちらのパンケーキへの感動まで途切れてしまう。
その声は私に聞こえているのだから、どう考えても私よりマダムたちの近くにいる瀬川さん本人にも聞こえているはず。
その証拠に、彼の眉間には徐々にしわが寄っていった。