猫と笑顔とミルクティー~あの雨の日に~
スーパーにいなかったからって「あ、そうだ。結子さんの所か」なんて普通思わないと思う。もしかしたら私が別の道を通って帰って来ているだけかもしれないし、どこか違う所に寄り道をしていただけかもしれない。

そう説明したら、三毛さんは私の問いにちょっと渋い顔をした。

「う~ん……。信じてもらえないかもしれませんが、実森さんが見付からなくて焦っていたら、結子さんの声が聞こえたんです。『あの交差点にいるわよ』って……」

「え……」

三毛さんの言葉に今度は私の動きが一瞬止まる。

「結子さんが、ですか?」

「ええ。信じてもらえないですよね。でも本当に聞こえたんです。実際、実森さんはあの交差点にいましたし」

そう言って苦笑いを浮かべる三毛さんに、私は迷いなく「信じますよ」と言った。

「……本当ですか?」

「はい。三毛さんはそんなウソ付く人じゃないですから。それに、私も初めてあの交差点に行った時に聞いてるんです。あれは多分…いえ、絶対に結子さんの声だと思います」

「そうなんですか?」

「はい」

「その時は、なんて聞こえたんですか?」

「知りたいですか?」

「はい」

「……内緒です」

「え……」

私の言葉に、三毛さんが目を丸くする。そして「意地悪ですね……」とガックリと肩を落とした。

子犬の様な目で見られたけど、なんとなく私と結子さんの秘密にしておきたくて三毛さんには教えなかった。

「それより三毛さん。さっきからお湯、沸騰してますよ」

「え……?わっ!」

ポコポコと蓋が踊っているやかんを見て、三毛さんが慌てて火を止めた。あちち、と言いながらティーポットにお湯を注ぎ、紅茶を蒸らす。私はそれを見て、気付かれない様にちょっとだけ笑った。

いつもは無駄のない動きで完璧に紅茶を淹れる三毛さん。でも、動揺してちょっとテンパっている三毛さんはなんだか可愛い。

「どうかしました?」

三毛さんもちょっと恥ずかしかったのか、「なにか?」みたいな顔で聞いて来た。

「いえ、なんでもありませんよ?」

私は笑っていた事を悟られない様に、真顔で首を振った。
< 70 / 106 >

この作品をシェア

pagetop