貧乏伯爵令嬢の世にも素敵な!?婚活事情
「ロジアン様、逃げられる前に食べてしまいましょう」

(やっとだわ。やっと食べられる)
本来なら、今夜は一切食べてはいけないと言い聞かせられていたジェシカ。
それが、ドリンクを許され、さらにロジアンに誘われ、ダンスさえ踊れば食べてよかったんじゃないかしら? と、頭の中で変換されていた。

「綺麗……」

チョコレートを手に取り、四方八方から眺めてその美しさを称賛する。
(そうよ。料理やスイーツって、見た目も楽しむものだわ。ということは、オリヴァーの言う〝飾り〟っていうのも、あながち間違いじゃないのね)

一人納得して、チョコレートを顔に近付ける。いざ、口へ……


「姉さん!!」

それは幼いころ〝姉さん、姉さん〟とジェシカを追っていた、あの可愛らしい声とは似ても似つかない地を這うような轟だった。
ギギギと軋む音が聞こえそうなぎこちなさで、声のした方を振り向けば、そこには氷の魔王がいた。
(こ、怖い……)

「姉さん、ずいぶん捜しましたよ」

にこりともしない元可愛かったオリヴァー、現氷の魔王を、まばたきも忘れて凝視する。チョコレートを持つ手は宙に浮いたままだ。

「ご、ご、ごご、ごめんなさい!!」

思わず条件反射のように謝るも、魔王の周りには吹雪すら見えてきそうなほど、凍え切ったままだ。

「今夜は我慢だって、あの場を動くなって、何度も言いましたよね? ジェシカ姉さん」
「そ、そうだったかし……うっ……そ、そうでしたわね」

思わずとぼけようとしたけれど、凍てつく魔王の視線にすぐさま呑み込んだ。

「どうしてあなたは……」

「ちょっといいか?」

割り込んだフェルナンの声に、さっと吹雪が止む。

器用にひゅっと片眉を上げたオリヴァーは、今やっとフェルナンの存在に気が付いたのか、珍しく驚いた顔をした。ほんのわずかに目が開いた程度だったが。

「あなたは……フェルナン・タウンゼンド騎士団長様。なぜここに?」

さらにその隣にいる婦人に気付いたオリヴァーは、再び目を見開いた。まさか、この二人が姉と一緒にいるとは思っていなかったのだ。ただ単に、たまたま近くにいただけだと。

「あなたは……ロジアン公爵夫人」
「ええ。こんなお若い方に知っていてもらえたなんて、光栄ね」

オリヴァーは、なぜこの二人と一緒にいるのかと、わずかに氷の魔王の鋭さがよぎる視線をジェシカにむけた。が、しかし、頭の麻痺したジェシカに、少し前に打ち合わせた言い訳など語れそうにもなかった。
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