貧乏伯爵令嬢の世にも素敵な!?婚活事情
「ついでに、騎士達のその後の意欲にもつながったかな。なんといっても、あの噂のジェシカ嬢の手作りクッキーを食べられたなんてと、ずいぶん浮かれていた」
うん? 噂って、もしかして……
「バ、バキューム令嬢……」
「ん? バキューム……くくく、そういうことか。そのあだ名は初めて聞いたな」
以前の夜会を思い出して笑うフェルナンに、ジェシカは顔を真っ赤にした。
(違ったの? やだ、私ったら。いらない恥までかいてしまったわ。これがオリヴァーに知られたら、どんな嫌味が返ってくることやら……)
「私はよいと思う」
「え?」
なんのことだろうと隣を見上げると、柔らかくほほ笑んだフェルナンが自分を見下ろしていた。
(この方、こんな優しい表情もできるのね。戦の鬼だなんて想像もできないわ)
「私が言った噂というのは、社交界になかなか姿を見せない、謎の美人令嬢のことだ」
「は、はあ」
「ジェシカが病弱だとか、人見知りだとか、勝手に噂をして都合よく捉えていた男達がずいぶんいたようだな。実際のジェシカは、夜会で料理に目を奪われて、自宅では身の回りのことだけでなくお菓子作りまでこなす。それが令嬢として普通かと聞かれたら、はっきり言って普通じゃない。そんな令嬢は見たこともない」
(ですよねぇ。オリヴァーには、領の外でそんな素振りは絶対に見せるなって言われているし)
「だが、私はそれでいいと思う。ジェシカらしくて」
「私らしくて?」
「ああ。そういうジェシカだから、子ども達が慕うのだろう。それに、あの厳しそうなオリヴァーも、なんだかんだ言って姉の幸せを願っているのは、ジェシカがこれまでしてくれてきたことへの恩返しのようなものだろう」
「で、でも、こんなガサツな娘では……」
「見初めてもらえないって?」
「……ええ」
「自分を偽って嫁ぐことは、ジェシカにとって幸せなことか?」
自分を偽って……
確かに、家のことをこなすのは楽なことじゃない。けれど、大切な家族のためにと思えば、嫌でもなかった。家族は必ずお礼を伝えてくれるし、双子達も手助けしてくれるようにもなった。
もう何年もこの生活をしてきたのだから、これが自分なのだと思う。正直、オリヴァーが口酸っぱくいろいろと言ってくるのも、彼なりに私を思ってのことだと理解はしているけれど、窮屈でもあった。
その窮屈な中で一生暮らすのだとしたら、それは本当に自分らしくいられるのだろうか?
嫌だ嫌だと思いながらの生活をしていて、自分は幸せだと、家族に胸を張って言えるのだろうか?
「窮屈、でしょうね」
「じゃあ、自分らしくあればいいんじゃないか?」
それはすごく安心する言葉だった。
けれど、素直にそれでいいとも思えない。
「でも、それで誰にも嫁げなかったら……」
「ジェシカは結婚したいのか?」
結婚は、したいとかしたくないの問題ではない。貴族に生まれた義務のようなもので、考えるまでもないことだ。
でも……そういえば、フェルナンは自分より年上だけど未婚だったはず。
「しなくちゃいけないものだと思ってます。でも、フェルナン様は未婚だわ」
「おっと。それは私に対する仕返しか?」
おどけて答えるフェルナンの様子がおかしくて、少し沈んでいたジェシカは思わず声を上げて笑った。
「まさか。戦の鬼様に、仕返しだなんてそんな恐ろしいこと」
同志に仕掛けられたのなら、切り返してもいいはず。ジェシカの中に、全く持って妙な自信といたずら心が広がっていく。
その根拠はあくまで〝同志〟だということのみ。オリヴァーがいたらどれだけ叱られるか、なんてことはジェシカの頭の中になかった。
「言うなあ」
「これが私ですから」
ふふんと得意げに鼻を鳴らしてツンと顎を上げたジェシカに、〝まいった〟とフェルナンが苦笑した。
「あら。私、戦の鬼様に勝ってしまったわ」
容赦なくとどめを刺すジェシカを見て、もう耐えられないというようにフェルナンが笑い声をあげた。
うん? 噂って、もしかして……
「バ、バキューム令嬢……」
「ん? バキューム……くくく、そういうことか。そのあだ名は初めて聞いたな」
以前の夜会を思い出して笑うフェルナンに、ジェシカは顔を真っ赤にした。
(違ったの? やだ、私ったら。いらない恥までかいてしまったわ。これがオリヴァーに知られたら、どんな嫌味が返ってくることやら……)
「私はよいと思う」
「え?」
なんのことだろうと隣を見上げると、柔らかくほほ笑んだフェルナンが自分を見下ろしていた。
(この方、こんな優しい表情もできるのね。戦の鬼だなんて想像もできないわ)
「私が言った噂というのは、社交界になかなか姿を見せない、謎の美人令嬢のことだ」
「は、はあ」
「ジェシカが病弱だとか、人見知りだとか、勝手に噂をして都合よく捉えていた男達がずいぶんいたようだな。実際のジェシカは、夜会で料理に目を奪われて、自宅では身の回りのことだけでなくお菓子作りまでこなす。それが令嬢として普通かと聞かれたら、はっきり言って普通じゃない。そんな令嬢は見たこともない」
(ですよねぇ。オリヴァーには、領の外でそんな素振りは絶対に見せるなって言われているし)
「だが、私はそれでいいと思う。ジェシカらしくて」
「私らしくて?」
「ああ。そういうジェシカだから、子ども達が慕うのだろう。それに、あの厳しそうなオリヴァーも、なんだかんだ言って姉の幸せを願っているのは、ジェシカがこれまでしてくれてきたことへの恩返しのようなものだろう」
「で、でも、こんなガサツな娘では……」
「見初めてもらえないって?」
「……ええ」
「自分を偽って嫁ぐことは、ジェシカにとって幸せなことか?」
自分を偽って……
確かに、家のことをこなすのは楽なことじゃない。けれど、大切な家族のためにと思えば、嫌でもなかった。家族は必ずお礼を伝えてくれるし、双子達も手助けしてくれるようにもなった。
もう何年もこの生活をしてきたのだから、これが自分なのだと思う。正直、オリヴァーが口酸っぱくいろいろと言ってくるのも、彼なりに私を思ってのことだと理解はしているけれど、窮屈でもあった。
その窮屈な中で一生暮らすのだとしたら、それは本当に自分らしくいられるのだろうか?
嫌だ嫌だと思いながらの生活をしていて、自分は幸せだと、家族に胸を張って言えるのだろうか?
「窮屈、でしょうね」
「じゃあ、自分らしくあればいいんじゃないか?」
それはすごく安心する言葉だった。
けれど、素直にそれでいいとも思えない。
「でも、それで誰にも嫁げなかったら……」
「ジェシカは結婚したいのか?」
結婚は、したいとかしたくないの問題ではない。貴族に生まれた義務のようなもので、考えるまでもないことだ。
でも……そういえば、フェルナンは自分より年上だけど未婚だったはず。
「しなくちゃいけないものだと思ってます。でも、フェルナン様は未婚だわ」
「おっと。それは私に対する仕返しか?」
おどけて答えるフェルナンの様子がおかしくて、少し沈んでいたジェシカは思わず声を上げて笑った。
「まさか。戦の鬼様に、仕返しだなんてそんな恐ろしいこと」
同志に仕掛けられたのなら、切り返してもいいはず。ジェシカの中に、全く持って妙な自信といたずら心が広がっていく。
その根拠はあくまで〝同志〟だということのみ。オリヴァーがいたらどれだけ叱られるか、なんてことはジェシカの頭の中になかった。
「言うなあ」
「これが私ですから」
ふふんと得意げに鼻を鳴らしてツンと顎を上げたジェシカに、〝まいった〟とフェルナンが苦笑した。
「あら。私、戦の鬼様に勝ってしまったわ」
容赦なくとどめを刺すジェシカを見て、もう耐えられないというようにフェルナンが笑い声をあげた。