貧乏伯爵令嬢の世にも素敵な!?婚活事情
彼女は一時〝残念美人〟などと呼ばれていたが、その見た目の良さはそれを些細なことに思わせてしまったらしい。よく食べる美人。おそらく今は、それぐらいの認識にとどまっているのだろう。そして、令嬢として〝よく食べる〟が決してプラスではないはずなのに、それを思わせないほど人気がある。外見はもちろん、惜しみなく見せる笑みも彼女の印象を良くしているのだろう。

加えて、先日の孤児院へ訪れた際に振舞われた彼女の手作りクッキーは、騎士らの心を鷲掴みにした。
さすがに木登りの現場を見ていたらまた違っただろうが。あの時派遣されていた騎士らは、彼女が木に登るほんのタッチの差で城へ帰っており、木登り現場は見ていない。自分だけ、何かと理由をつけて残っていたのだ。

「そ、そうでしたか」

なんだ、まだいたのか。なんとか立ち直った部下は、呆然としたままへ部屋を出て行った。やつもおそらく、熱心なジェシカファンの一人なのだろう。

そもそも、団長である私がなぜ自ら孤児院へ出向いたのか。本来なら、若手に任せるところだ。それなのに私が向かった理由は、簡単なことだ。ジェシカの生まれ育った地を見たいと思った。どんな土地でどんなふうに過ごしたら、あの天真爛漫な心が育つのか。興味惹かれるまま適当な理由をでっち上げて、ミッドロージアン伯爵領へ向かった。

そこは、一言で言えば田舎だった。自然豊かな土地で、王都からさほど遠くない場所にこれほどのどかな場所があったのかと少々驚いた。山があり川があり、辺り一面に畑が広がる。もうそれだけで、ジェシカそのものを現しているようだ。
幼い日の彼女は、この自然の中を駆け回り、木に登ったり川遊びをしたりしていたのだろう。ああ、あのジェシカのことだ。〝川遊び〟なんて可愛らしいものではなかった可能性が高い。男児にまじって魚釣りをして、もしかしたら泳ぐぐらいしたのだろう。

弟のオリヴァーが姉とはまるで正反対に育ったのは、おそらく彼女を反面教師のように見ていたからと思われる。けれどそこに、ジェシカに対する嫌悪のような感情は一切感じられない。姉思いの可愛い弟。それが本当のところなのだろう。

孤児院では、職員からも子ども達からもジェシカはかなり信頼され、慕われていた。作業の合間にちらっと見かけた彼女は、実に生き生きしていた。慣れている様子からすると、頻繁に通っているのだろう。

この土地に長くいる人から、ジェシカに関して……いや、ミッドロージアン家の誰に対してのマイナスな話は一切出てこなかった。お転婆や、まるで男の子のようになどという話は可愛いもの。話している側も、伯爵家の令嬢として大丈夫なのかと心配する声はあったものの、咎める気はないようだ。
なるほど。彼女に幸せになって欲しいと思っているのは、家族だけではない。多くの領民の思いでもあるのだろう。

令嬢らしからぬ令嬢。
社交界を知らない彼女は、あまりにもバランスが悪くて危なっかしい。男達が自分をどういう目で見ているかなど、全く気付いていなさそうだ。
それなのに、厳つい私に物怖じせず、厳しいことで有名なロジアン夫人の懐に一瞬で飛び込んでしまう人懐っこさがある。そんな、ある意味規格外な一面も持ち合わせているジェシカ。これまで、そんな女性には一度としてお目にかかったことがない。

16も歳が離れているというのに、彼女との会話は実に楽しい。
ジェシカは国家間の情勢だとか政治の話など、小難しいことは語れない。けれど、この料理のこの素材はどこで採れるだとか、育てるにはどんな工夫がいるのかなど、私の知らない知識をいくらでも授けてくれる。チョコレートの素晴らしさをはじめ、スイーツがいかに心を安らかにしてくれるのかと、時間の限り笑顔で語り続ける少女のような一面もある。
踊りのセンスもよく、こちらのリードにとことん合わせてきたかと思えば、きらりと瞳を煌めかせてイレギュラーで意地悪な一歩を踏み出してこちらを翻弄してくる。

つまり何が言いたいかというと、彼女と過ごす時間はとにかく楽しくて心地よいのだ。
昨夜二曲続けて踊ったのは、まぎれもなく周りへの牽制。そして、彼女の父親であるマーカスへの宣言。まあ、楽しかったからというのも嘘ではない。
その後、他の男にジェシカを誘わせないうちにロジアン夫人とスイーツをだしにしたのも、もちろん意図的だ。戦の鬼と呼ばれた私とマナーの鬼であるロジアン夫人に囲われたジェシカに、妙なことをしようという輩はあらかた片付いただろう。

ここからは、ジェシカ自身にどう私を意識させていくかだ。今の彼女にとっての私は、親しい友人で同志。いや。友人よりはもう少し近しい距離にいるのだと思う。

どこから攻めていくか……。
そう時間をかけるつもりはない。ゆっくり構えている間に、他の男に盗られたなどという失態は犯せない。おまけに、姉に相手をと意気込んでいる弟オリヴァーの存在もある。彼は年の割にずいぶんと大人びていて、頭も切れる。学校の方でも、将来を見据えて着々と人脈を広げていると聞いている。そんなオリヴァーなら、予告もなくジェシカの婚約者を据え置いてしまいかねない。そうならないうちに動き出しておこうか。先ほど訪れた部下も、いい具合に噂を広めてくれるだろう。
さあ、少々周りがうるさくなりそうだが、実に楽しみだ。
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