貧乏伯爵令嬢の世にも素敵な!?婚活事情
「父上、入りますよ」
「ああ」

マーカスの執務室に、オリヴァーが来た。学校に通うオリヴァーは、その移動だけでもかなり時間がかかってしまう上に、帰宅後も出された課題をこなさなければならず、iつも忙しくしている。少しばかり心苦しく思いつつも、マーカスは息子を呼び出していた。

入室してすぐ、若干青ざめている父に気付いたオリヴァーは、心配そうな顔をした。

「どうかされましたか?」
「ああ、オリヴァー。ちょっと座ろうか」

父から手渡された白い封筒を、オリヴァーはじっと見た。そして裏返して差出人を見た時、彼の形の良い眉は、片方だけひゅっと器用に上がった。

「本気か」

オリヴァーがぼそりとこぼした独り言に、マーカスは心の中で〝そう思うよな〟と同意していた。

「父上。これはどういうことか……聞くまでもないとわかっていますが、父上の捉えを教えてください」

賢いオリヴァーのことだ。ジェシカとは違って、手紙を送ってきたフェルナンの意図は正確に理解していた。しかし、聞かずにはいられなかった。

「これは、まぎれもなく求婚につながる誘い、なのだろうね。私宛の方には、ジェシカの意思に沿わない話の進め方はしてくれるなとある。つまりジェシカの意思を尊重し、あの子の望まない縁談は進めるなということだね。今後は夜会の参加も考えないとね。毎回フェルナン殿にお知らせする必要があるだろう」
「やはり、そうですよね。しかも、僕にまでやんわりと釘を刺している」

この話を――正確には、まだ何も申し込まれたわけではないが――受けるかどうかは別として、自分達よりも身分も高い、しかも陛下の覚えの明るい騎士団長からの言葉を無視することはできない。

「ほら、これも」

もう一通手渡された封筒に、オリヴァーは目を細めた。

「姉さん宛て、ですね」

早速中身に目を通していくうちに、オリヴァーの眉間のしわが深くなっていく。

「どう思う?」
「どうもなにも、デートの誘いでしょう。サンドウィッチのハムに魚釣りに、わかりやすい餌までまいて」
「だよね。私もそう思ったよ」

思わずという雰囲気で前のめりになってガシリと肩を掴んでくる父に対し、いたって通常モードで〝それ以外に何があるんです?〟と返すオリヴァー。
フェルナンがジェシカに宛てた手紙には、〝好き〟などといった直接的な言葉は一言も出てこない。けれどこの手紙は、誰がどう見ても好意を寄せる相手をデートに誘っているものだとわかる。

「なんだか聞くのが怖くなりますが、姉さんはこれについてなんと?」
「ジェシカはなあ、これを友人で同志だから遊びに連れていってくれるのだと言うんだよ」
「はあ……」

オリヴァーが盛大なため息を吐くのももっともだ。恋愛経験のない4歳年下の自分でもわかるのに、なぜあの人は気が付かないのかと。もう少しこういうことに敏感になって欲しいと頭を抱えたくなるオリヴァーに、マーカスは激しく同意した。

「オリヴァーは、フェルナン殿をどう思う?」
「逆に、父上は相手に不満でも?」

こちらからの問いに、自分の意見を見せずに問い返してきた長男に、マーカスは内心感心していた。自分やジェシカにはない貴族らしさが、息子にはあるのだと。

「人柄も家柄も申し分ないお方だ。不満どころか、むしろうちにはもったいないぐらいだよ」
「そうですね。僕もそう思います。あの方に関する悪い噂なんて聞いたことがありませんし、なによりあの方のことを話していた姉さんは、すごく楽しそうです」

その〝楽しそう〟の中に、今はまだ恋愛的な要素などないのかもしれない。けれど、人と人とのことだ。いつ何時、その思いが変化するかはわからない。

「そうだなあ。あれほど夜会で仲良さげな姿を見せていたんだ。彼は本気なのだろう」

夜会でのフェルナンの振舞は、オリヴァーにも話してある。
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