貧乏伯爵令嬢の世にも素敵な!?婚活事情
「おそらく」
「ただ……」

不満はなくとも、不安ならいくらでも出てくる。
机上の封筒に視線を落としたマーカスは、なんと言ったものかと考えをめぐらせた。

「年の差も大きい」
「そうですね」

マーカスが年齢をそこまで不安に思っていないことぐらい、オリヴァーにもわかっている。確かに気にはなるけれど、貴族間の結婚に年の差があるのはそう珍しくもない。格上の相手がいいと言っている以上、こちらが心配する話ではないのだ。
もちろんジェシカがどう思うのかは、親として大いに重要だが。

「ジェシカには、貴族の令嬢として十分な教育ができたのかと言われたら、できたとは言い切れない」

家庭教師をつけてあげられたのは まだ経済的に余裕のあった幼少期まで。読み書きと算術ぐらいは問題なくできる。ダンスも得意だ。でも、マナーはどうか……はじめての夜会での食べっぷりを思えば、決して十分とは言えない。むしろ問題だらけに思える。

「フェルナン殿ほどの方となれば、王族と接する機会も多い。ときには妻を同伴する場面も出てくるだろう。そういう局面で、ジェシカがうまく立ち回れるとは到底思えない。それが、あの子を不幸にしかねないと思うと……」

全て親である自分に責任のあると、マーカスは自分を責めていた。
それではどうすればよかったのか、という答えを持ち合わせているわけでもない。いつでも、こうするのが最善でこうするしかなかったという判断をしてきた。
もっと非情になって他人に厳しく接していればまた違ったのかもしれないが、マーカスにはそれができなかった。

「父上。僕は学校で勉強させていただいて、領地の運営も少しずつわかってきました。そうした中で、ここミッドロージアンの領地で試してみたい案も抱きつつあります。ですが、そういう想像ができるのは、これまで父上が治めてきた確かな基盤があるからです。苦しい時期もありましたが、父上のしてきたことは間違っていないと確信しています。ここは、領主と領民の間に確かな信頼関係があります。そういう基礎を築いてきた父上を、僕は尊敬しています」
「オリヴァー……」

いつの間にか、父に対して対等に物事を語れるようになった息子の成長に、マーカスは驚くと共に誇らしくも感じていた。自分よりずっと賢いオリヴァーなら、この地をきっと盛り上げてくれるだろうと、マーカスもまた確信していた。

「姉さんはこの地で、マナーや教養以上に大切なものを身につけてきたと思います」
「ありがとう、オリヴァー。そう言ってもらえると、私も心が軽くなるよ」
「それは良かったです。まあ、姉さんは木登りや狩りなんてものまで身につけてしまいましたがね」

苦笑するオリヴァーに、マーカスも同じように笑い返した。

「ああ、そうだね。それらも、ここでは生きていくのに必要な技術であり知識だ」
「僕はここのところ、姉さんのそういった令嬢らしからぬ姿を無理やり隠そうとしてきました。しかし、それが姉さんを苦しめていたのかもしれません。同じようなことを言われてしまったんです。本来の姉さんらしさを隠して見初められても、その後姉さんは苦しむだけじゃないのかって」

ジェシカ本人もそれを心配していた。
娘の胸の内を聞いて以来、彼女の不利になってしまう部分を隠して見た目だけで相手を見つけてよいものなのかと、マーカスも悩んできた。

「オリヴァー、誰がそれを」
「フェルナン騎士団長に、です。以前夜会で話をした時に、そう言われました」

〝それでもやはり、はしたなさすぎる面は隠させようとしましたが〟と話すオリヴァーの表情を見れば、それも無駄な足掻きだったと思っているのが伝わってくる。そして、ついジェシカに口うるさく言ってしまうのはもはや癖のようなものであって、本気でそれを押し付けたいわけではないということも。

「そうか」
「ですから僕は、そのようにおっしゃっていたフェルナン様自身が姉さんを望んでくださるのなら、反対はありません。もちろん、姉さんの気持ちが第一ですが」

フェルナンはすでに、令嬢らしからぬジェシカの姿を何度か目にしている。おまけにこのデートの誘いも、餌だとはいえ本当に釣りもするのだろう。
そうであるならば……。
彼がジェシカの本来の姿を見てもなお欲しいと望むのなら、あれやこれやと心配する必要などないのではと思えてくる。

「私も、オリヴァーと同じ意見だ」

果たしてジェシカはどのような答えを出すのだろうか。
父と弟は、彼女がどのような判断をしようとも、本人の意思を尊重して受け入れようと心に決めた。
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