貧乏伯爵令嬢の世にも素敵な!?婚活事情
「ジェシカ」
「は、はい」

上目遣いにちらりと視線だけを向けると、フェルナンはつないでいたジェシカの左手を再び持ち上げた。

(な、なにをするの?)
恥ずかしいけれど目をそらせなくて、彼のすることをじっと見つめていた。
フェルナンは絡めていた指を解くと、その大きな彼の掌にジェシカの手を乗せた。

「ジェシカのここは……」

そう言って、ちらりとジェシカに視線を向けたフェルナン。その口元をジェシカの左手に近付けたかと思えば、目を閉じて薬指にそっと口付けた。

「私のために、あけておいて欲しい」

(そ、それって……)
鈍いジェシカでも、それがどういう意味かぐらいわかっている。父も亡くなった母も、その指にお互い同じ指輪をはめていた。夫婦の証として。

「これがどういう意味か、わかるか?」

コクリと頷くジェシカに、フェルナンは続ける。

「約束をしてくれないか?」

〝約束して欲しい〟ではなくて〝してくれないか〟と、まるで懇願するようなフェルナンに、ジェシカの胸がきゅんと締め付けられる。

フェルナンのことは好きだ。自分より大人で、いろいろなことを知っているのに、自分の言う些細な話を〝すごいなあ〟と褒めて、いつだって共感してくれる。夜会で出会ったほかの男性と踊っていた時は、少しでも早く終わらないかとばかり思っていた。けれど、フェルナンが相手だととにかく楽しくて、それは美味しい料理やスイーツを忘れるほどだった。
さっきみたいに、まるで甘えるような彼もなんだか可愛くて、愛しくて……
(愛しい?)
ハッとして顔を上げたジェシカは、大柄で厳ついフェルナンを見つめた。

(フェルナン様が、愛しい……?)

初対面からこれまで、彼と顔を合わせた回数は決して多いわけではない。ただ、そのどの時も彼は私という存在を否定しないで受け入れてくれた。とても令嬢とは思えない姿も。
彼の隣はとにかく心地よくて、オリヴァーのお小言も他人のうわさ話も、なにも気にしないでいられた。
(なんだか、防波堤のようね)
それがなかったら、社交に慣れていない自分など、周りにいいようにあしらわれてあっという間に追い出されていたかもしれない。
そう考えたら、自分にとってフェルナンはいなくてはならない存在のように思えた。

「約束、します」

明確な言葉があったわけじゃない。あるのは、今交わした約束だけ。
それでも、これでいいのだと感じていた。


* * *

「一体、なにがあったんだ……」

一人やもめのいささか寂しいマーカスの寝室に、哀れな呟きが静かに響いていた。
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