貧乏伯爵令嬢の世にも素敵な!?婚活事情
ジェシカの父であるマーカスに挨拶へ行ったのが昨日のこと。マーカスが若干気後れしている感があったものの、一緒にいた弟オリヴァー共々、二人の婚約を承諾してくれた。
その足で、今後のことを話し合いたいと、フェルナンはジェシカを連れ出していた。もちろん、本心はジェシカと離れがたかった、だ。

行先はあらかじめ決めてあった。先日、ロジアンに聞いたカフェだ。詳しく聞けば、知り合いのやっている店だとわかり都合もよかった。
店主本人から何度か誘いを受けていたものの、男一人では気が引けてなかなか行けずにいた店だ。それならばと、気もない女性を誘うのもはばかられた。

なんでも大変人気な店で、スイーツもどれを食べても美味しいという。そこでなら、ジェシカを喜ばせられるだろう。おまけに人が多く行きかう中心地とくれば、ジェシカとの仲を見せつけるには打ってつけの店だ。

多くの人がお目当てにするプリンはすでに売り切れており、客足は落ち着いていたため、待たされることなく席に案内された。もちろん、この時点でフェルナンは、プリンがそれほど有名だとは知らない状態だ。

「フェルナン様じゃないですか!!」

女性的な雰囲気の人気店に、厳つい大柄の男がいればかなりに目立つ。その存在にいち早く気が付いた店主は、さっそく彼の元へやってきた。

「ああ、ティモシー。変わりはないか?」
「ええ、ええ。おかげさまで、この通りお店も繁盛しておりまして。よくぞ来てくださいました。それで、こちらのお美しいお嬢さんは一体……?」

珍しく異性を連れた恩人フェルナンに、ティモシーは思わずはしゃいでしまいそうな気持ちを押さえつつ、それでも隠し切れない期待を込めて尋ねた。

「こちらは、私の婚約者のジェシカ・ミッドロージアン嬢だ」

〝婚約者〟という響きにティモシーが舞い上がり、瞳を輝かせた。
それに対して、気恥ずかしかったジェシカは頬を赤らめて俯いてしまう。

(可愛すぎる)
フェルナンはその厳つい表情の下で、初心な婚約者の様子に一人悶えていた。

「まあ、まあ、まあ。おめでとうございます。いやあ、フェルナン様がこんなにもお美しい方を……本当に、おめでとうございます!!」

今にも涙を流しそうな勢いでそう言ったティモシーに苦笑したフェルナンは、店主にこれ以上大騒ぎされる前にジェシカの好きそうなものを勧めてくれと促した。

「でしたら、ぜひともうちのプリンを食べてください。いま、王都で人気があるんですよ。本当は今日の分は売り切れちゃってるんですけど、少しだけ、余分にとってあるんです。こっそりお出しするので、ぜひ食べてみてください」

店主からの申し出ならば断わることもないとジェシカも同意し、提供してもらうことにした。

なるほど。人気があるのもうなずける。初めてたべるプリンの美味しさに、フェルナンは感心していた。

「なにこれ、美味しい!!」
「これならいくらでも食べられそうだわ」
「私にも作れるかしら?」

目の前に座る婚約者もプリンをいたく気に入ったようで、大きな瞳をきらきらと輝かせている。自ら給仕に来た店主に、ジェシカはプリンの美味しさを絶賛した。

「ありがとうございます。おかげさまで、朝一番に並ばないと買えないほど人気でして。そこまで気に入っていただけたのなら……」

と、声をひそめたティモシー。

「まだよけておいた分があるので、ぜひ、ご家族の分もお持ち帰りください」

あまりにも魅力的な提案に、〝いいんですか?〟と嬉しいながらにも戸惑ったジェシカ。

「店主がそう言ってるんだ。ありがたくいただいていこう」

とフェルナンに促されて、満面の笑みでお礼を述べた。

〝差し上げます〟と言って譲らないティモシーに、〝商売なのにそれはだめだ。金は払う〟と言い張るフェルナン。もちろん、ジェシカに聞こえないところで。
一向に引かないティモシーに、〝それなら、もらう代わりに私の注文を受けろ〟とフェルナンは騎士団員全員分の菓子を注文した。ちょっとした数になり、売り上げにも貢献できるだろうと考えた彼の心遣いだ。

ちょうど明日は店が休みだというティモシーは、〝材料はありますから〟と、今夜中にプリンを作って、朝、騎士団の詰めている部署に届けさせると言い出した。休日に、しかも売れ筋の商品を大量に作らせてもよいものかと迷ったフェルナンだったが、いつかの礼をするために断らせてなるものかと前のめりになるティモシーの勢いに負けた。ではせめてもと、フェルナンは常識よりも多めの手間賃を上乗せすることで、ティモシーの申し出を承諾したのだった。
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