貧乏伯爵令嬢の世にも素敵な!?婚活事情
「それにね、グレイスさん」

それまでにこやかに話していたロジアンが、唐突その笑みを消した。かつて王家の人間ですらも厳しいと恐れていた、教育係としての雰囲気を醸し出すロジアン。遠巻きに様子を伺っていた王太子夫妻や王女らが、表情を強張らせていたとかいなかったとか。

「私も、夜会でジェシカさんと一緒になって食事をしたのよ」
「えっ!?」

グレイスの驚きを無視したロジアンは、にこやかな表情をジェシカに向けた。

「ね、ジェシカさん」
「は、はい」

一瞬、一緒に食べたあの素晴らしいチョコレートを思い出してうっとりしかかったジェシカ。しかし次の瞬間、グレイスに向き直ったロジアンの顔が自分に向いた時とは全く違っていることに気が付いて、ピクリと肩を揺らした。
助けを求めるように思わず隣のフェルナンを仰ぎ見ると、さっきまでイラ立っていた彼は、なぜかこの場を楽しんでいるかのようににやりと返してくる。

「それから、フェルナン騎士団長様も。ね?」
「ええ。ご一緒させていただきました。夫人の勧めてくださったチョコレートが美味しくて、後でこっそり個人的に取り寄せたんですよ」

(それって、先日私にもプレゼントしてくれたもののことかしら?)
フェルナンの発言に、周りが小さくどよめいた。彼はかつて、戦の鬼と呼ばれた男。大柄で、愛想のない厳つい男。その男の中の男のようなフェルナンが、チョコレートといった乙女なスイーツを好んだと。それも、個人的に取り寄せるほどに。

「私達三人は、友人ですのよ」
「は?」

思わず呆けたグレイスに、ロジアンがすかさず言う。

「〝は?〟となんですか。はしたないわ。バーバラさん、ご息女の教育は大丈夫なんですの?」

そこですか!? そこで当時の厳しさを発揮するんですか!? と、心中で突っ込んだ人はどれほどいただろうか?
グレイスは怯えて顔をひきつらせ、バーバラは羞恥に震えている。

「友人と、料理やスイーツをいただきながら語らい合うことの、何がいけないと言うのですか? 社交の場に不慣れなジェシカさんに、友人である私とフェルナン様が交流の仕方を教えて差し上げていたのよ。それはいけないことだったのかしら?」
「い、いえ……」

あれほど目を吊り上げて突っかかってきたグレイスが、ロジアンの追及にしどろもどろになっている。

「ジェシカさんったら、使われている材料や作り方など、とっても詳しく知っていらっしゃるの」

それはそうだ。なんとか自分で育ててみようとか、作ってみようとかしてきたのだから。貧乏ゆえに得た知識だ。自給自足生活は伊達じゃない。

「は、はあ……」
「お話も面白くってね。一つ料理を手に取れば、これはこうでっていろいろ教えてくださるものだから、私ももっと知りたくなってしまったわ。結果的に多く頂いてしまったのですけれど、それはいけないことだったかしら?」

ジェシカが非常識なほど食べていたというのなら、同じように食べたロジアンも非常識だとしたも同然。さすがにグレイスもその事実に気が付いたのか、顔が真っ青になっている。
この段階で、ジェシカが初めて出席した夜会での暴走はなかったことにされていた。ロジアンの醸し出す雰囲気に呑まれて、誰もそこに思い至っていない。フェルナンを除いて。彼は必死で笑い出すのを堪えていたのだが、そのせいでいつも以上に厳つい表情になっている。

「そ、そんなことは……」
「育ってきた環境が違えば、その常識も少しずつ違うものよ」

そう語りだしたロジアンの表情からは、厳しさは鳴りを潜めた。まるで、グレイスを通してこちらに注目していた全員に言い聞かせるように、ロジアンは続ける。

「私、これでも厳しい教育係って言われていてね」

ロジアンがちらりと王族の席に視線を向ければ、高貴な方々が気まずそうにもぞもぞとし出した。その姿から、ロジアンが現役だった頃は相当だったのだろうとうかがえる。

「まあ、厳しくなるのも当然ですわ。私がお教えしていたのは、この国を背負って立つ方々ですもの。どこへ出しても恥ずかしくないように育てる。それが私に任された仕事で、手を抜くわけにはまいりませんでした」

ロジアンは、あえて厳しい教育をしてきたのだろう。今の彼女からは、自分のしてきたことに誇りを持っているのだと伝わってくる。

「けれど、そんな私だって、プライベートまで厳しい人間ではないわ。こっそりお菓子のつまみ食いもすれば、慌てて走ってしまうこともあるわ」

「噓でしょ?」
「あのロジアン夫人が?」

まさかの暴露に、周囲がざわめいた。彼女が完ぺきな淑女だと思っていただけに、些細な内容とはいえ、周りは大きな衝撃を受けている。

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