関係に名前を付けたがらない私たち
 秋が深まっている。
 すっかり肌寒くなり、チンチロと秋虫たちが寂し気に鳴いていた。別れてから3ヶ月ほど、耕平が黒服を着ている以外、見た目に大きな変化はなかったけれど、随分と長い間顔を見ていない気がした。
 それは耕平も同じだったらしく「なんか久しぶりだな」と懐かしそうに目を眇めた。

「今、何やってんの? 黒服なんか着ちゃって」

「店長してる」

「店長? どこで?」

「ソープだよ」

 デリ嬢の送迎からソープの店長というのは豊臣秀吉ばりに出世街道に乗っかってはいるけれど、なぜだろう。なぜなんだろう。素直に「わぁ、おめでとう」って拍手が送れないこの気持ち。

「……あ、そうですか。やっぱりそっちの世界から抜け出せずにいるんだね」

 厭味のつもりで言ったのに。
 あはは、と笑った耕平は私の厭味など気にも留めず「あいぼんは彼氏とうまくやってんの?」と話を振って来た。

「ええ、とっても」

「良かったな」

「うん。別れてくれてありがとう」

 それはそれはお手本みたいなにっこり笑顔をお見舞いしたけれど、耕平には何一つ響かない。空振りに終わった私はイライラする。いつだって耕平にはイラついてばかりだ。むしゃくしゃが収まらない私は更なる厭味を投げ付ける。

「優希は私を幸せにしてくれるの。耕平と違ってね」

 意地悪く語尾を強め、ついと顎を持ち上げて言った。

 こんな厭味もきっと耕平には何一つ響かないんだろう……、そう思ったのに、耕平はなぜだか寂し気に笑って、ぽん、と私の頭を大きな手のひらで軽く叩いた。

「良かった。幸せにしてもらえよ」
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