あの日溺れた海は、
「ほら、行きなよ、もういいから
この後の1000m走だって出るんでしょ?」
頑なに断るわたしに渋々わかった、無理すんなよ、と名残惜しそうにそう言うと重い足取りでグラウンドへと戻っていった。
チラチラとこちらを見ていた亮が視界で捉えられなくなると、ふう、とため息をついてベッドにそのまま横たわった。
保健室には冷房がかかっているのか、冷たい風が頬に触れた。
ゆっくりと目を瞑ると小学生の時の亮が目に浮かぶ。今と同じ白い歯を見せて屈託のない笑顔を向ける男の子。身長はわたしより小さくて、体も細くて、華奢だった。
そんな亮もわたしと同じスイミングスクールへ通っていてわたしが神童なら亮は麒麟児と呼ばれていた。チビなのになんでキリン児?なんてよく笑っていたけど。
あの日、わたしが水泳から離れると同時に亮も水泳を辞めてしまった。亮なりの気遣いだったのだろうが、それが逆にわたしを追い詰めた。
自分の夢だけではなく、友人の夢までも潰してしまったんだと…。