あの日溺れた海は、
ふと、頬に温かいものが触れる。その温度は冷え切った身体を包み込むようにどんどんと広がっていく。
ぴたりと肌を触れた何かが今度は頬を撫でるように優しく動く。
誰かの、手?
気づけば息苦しさも無くなっていた。
手、らしき感触は一度頬から離れるが温もりがなくなることはなかった。
待って、行かないで。もう少し側にいて…
そう願っても頬に再び何かが触れることはない。
眉を下げ気持ちをグッと堪えていると右足にひんやりとした感覚が滲んだ。ああ、そうだ、わたし右足を怪我していたんだった。
前に挫いたところが今日の100m走で急にスピードを速めたせいでまたぶり返してしまったのだろうか。
ぐるぐると丁寧に包帯が巻かれる感覚がある。
処置が終わったのだろうか、再び誰かがわたしに触れている感触がなくなった。
ああ、今度こそ…また1人になってしまった。
自分の意思では覚めることのできない夢の中でただひたすらもがく恐怖を思い出して途方に暮れた。
すると今度は温かい感触がギュッと握っていた手に伝わる。わたしの握り拳を包むように温もりが広がっていく。
安心感のある温もり。それなのに何故か胸が高鳴って途端に目頭が熱くなる。
だれ?
わたしを冷たい海から救ってくれた人はだれ?
その顔が見たくてぱちりと目を開けたがそこには誰もいなかった。