あの日溺れた海は、

 
 ああ、夢か。だとしたらなんとも虚しい夢なの…と心の中で自嘲気味に呟くと右足に伝わる湿布の冷たい感覚に気付いてわたしは目を丸くさせた。
 
 夢ではなかったの…?
 
 
 そうだとしたら、一体誰が…
 
 
 そう思った瞬間1人の顔が浮かんだ。わたしはベッドから飛び降りると右足を庇いながらグラウンドへと戻っていった。
 
 
 いつの間にか綱引きも1000m走も終わっていた。
 
 
 
「亮」
 
 
 亮は自分の応援席に座って私と喬香と同じように応援している人たちをぼーっと見つめていた。その姿はいつもの亮らしくない、抜け殻のような姿だった。
 
 
「こいつ、1000m負けてショック受けてんだよ」
 
 
 わたしが呼んでも反応しない亮に、隣に座っていたクラスメイトがトントンと亮の肩を叩いて笑いながらそう言った。
 
 
「ちょっと、亮ってば」
 
 
 今度はもう少し大きな声で呼びかけると、びくりと肩を揺らして余程びっくりしたのか目を大きくしてこちらを見る。それも一瞬で目を伏せる。負けたことがショックだったのか、いつになく元気のない亮にこちらまで辛くなる。
 
 
「亮、もしかして私の足に湿布貼ってくれた?」
 
 
 そう問いかける私に「いや、まあ…」と歯切れの悪い返答をする。

 まさか亮ではないのか?そうは思ったが起きてからグランドに戻るときに保健室の先生はまだ他の生徒の介抱や処置で大慌てだったし、「あれ、自分で処置したの?まあ、よかったわ」なんて言ってたから違うだろう。そうなるとやっぱり亮以外に思い浮かぶ人がいなかった。
 
 
 
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