あの日溺れた海は、

 そう心の中で呟くと、一度乾いた目頭もみるみるうちに熱くなる。それでも必死に食いとめて、震える声でお礼を言うと、唖然としてる先生を無視して教科室を飛び出た。
 なぜか走っていた。そうしていないと気持ちが溢れて止まらなくなってしまうと本能で分かっていた。
 
 
 いつの間にか屋上のドアを手にしていた。勢いよく開けて、誰もいない事を確認するとそのままドアにもたれかかってへなりと座り込んだ。
 
 
 ぼーっと空を見つめる。秋の到来を告げる少し冷たい風頬に感じた。
 
 
 わたし、先生のこと、好きなんだ。
 
 
 再び心の中で呟いた瞬間、何故かわからないけど胸が熱くなって涙が溢れてきた。
 
 

 好き。だけど、先生は教師、わたしは生徒。本当は好きになっちゃいけない。


なのに…先生の笑った顔や、訝しげな表情、ため息を吐く気怠げな顔、どれを思い出しても胸がドキリと弾んで愛しさが溢れてくる。
 
 
 これが好きっていうことなんだ。これが好きっていう気持ちなんだ。思ってたよりももっと切ない感情だけど、今なら喬香たちが言ってたことの意味が少しだけわかる。
 
 


 ひとしきり泣いて、ふうっとため息をつき、再び空へと視線を戻した。その時ポケットに入れていたスマホが震えた。それを出して確認するとLINEが来ていた。
 
 
「今日部活来ないのー?」
 
 
月からだった。そういえば今日は部活の日だった。とはいっても文化祭やコンテストが重なった今、部活動の日でなくても部室に入り浸ってるわたしはあまり意識したことがなかったけど。
 
 
 今この赤く腫れた目で部室に行ったら絶対に根掘り葉掘り聞かれるだろう。そうなったら、わたしは上手く誤魔化せる気がしない。でも、先生が好きだなんて、そんな変なことみんなに言えるわけがない。
 
 それに今はなんとなく一人でいたかった。
 
 
 だから今はただぎゅっと目を瞑って、その感情に身を委ねた。
 
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