あの日溺れた海は、
「おはよ、はな。」
教室に行くと朝練を終えて汗だくの亮が手を挙げて私に声を掛けた。「おはよ」その言葉にすれ違いざまに私もそう返す。
「…っと待って」
亮は私の手首をぎゅっと掴んで止まらせた。何かと思って振り返ると亮は私に顔を近づけてじいっと見つめた。今までにないほどの至近距離に驚きながらも「なに?」と答えた。
「目、腫れてる。」
「えっ」
驚いて何故か目を擦る。
「何かあった?」
眉を下げて不安げにわたしを見つめる亮に、溢れそうになる言葉を必死に堰き止める。
「えっと、あの、」
そう言い淀むわたしに亮はキョトンとした顔を向けていたが、納得したように「ああ!恋愛小説書いてて寝不足?」と言った。
「うん、そう!寝不足、なの!」
「そうか〜行き詰まってるならまたデートにでも行く?」
ふざけた口調でそう言う彼の言葉に、周りにいた女子生徒がざわつく。
「あのねえ、デートじゃないでしょ、取材!亮とデートなんてするわけないじゃない!」
そう慌てて言うわたしの言葉に女子生徒も安堵のため息をついた。
亮は案外モテるから困る。亮はムッとした様子で異議を申し立てようと口を開いたが、その瞬間予鈴が鳴った。
仕方なしと言わんばかりの足取りで席に着く彼を見送ってわたしも自分の席に座った。