あの日溺れた海は、
「着いたよ、はな。行こうか。」
隣町のとある斎場に車をつけると父はそう言ってわたしに降りるように促した。車を降りると滲んだ視界のまま足取りは重く、お父さんの背中についていった。
中に入ると既に多くの人が参列していた。知らない大人に囲まれて、気まずい面持ちで当たりを見渡すと奥さんと、息子さんだろうか。私たちより遥か奥手で来た人に頭を深く下げている。
「僕たちも挨拶しようか、はな。」
そう言う父の声はほとんどわたしの耳に届いていなかった。2人が頭を上げた瞬間、わたしは固まって動けなくなってしまった。
程なくして彼と視線がぶつかった。
彼、─藤堂先生は、驚きの色を見せることもなくいつもと同じ飄々とした顔でこちらに視線を送った。
なんで、藤堂先生が…??
そんな私に気づかず、どんどんと先生たちに近づくお父さんに、ハッとして置いてかれまいと後ろを追った。
「この度は、お悔やみを申し上げます。」
そう言ってお辞儀をするお父さんに倣って私も軽く頭を下げた。
「井上さん、ですよね。初めまして、故人の姉に当たります、藤堂尚子と申します。」
先生の隣に立っている女性が深々とお辞儀してそう言った。
「ご無沙汰しております。…操先生が闘病中とは知らず、お見舞いにも行けず…なんと言ったら…。」
そう俯きがちに言うお父さんに、尚子さんは「とんでもないです」と声をかけた。
お父さんはゆっくり顔をあげると先生に視線を移した。