あの日溺れた海は、

お通夜が終わって、尚子さんの勧めもあり会食に参加することになった。

でも参列している人はほとんど知らない大人たちで、お父さんはよくわからない男の人と小説の話で盛り上がってるし、大人数の場が少し苦手で、トイレに行くと言って会場を出てロビーの椅子に座った。
 
 
ぼーっと虚空を見つめながら、今日あった出来事を整理していた。
 
 
 
えっと、ペソの大冒険の作者は藤堂操先生で、操先生の息子がわたしの担任の藤堂先生で、わたしの好きな人が藤堂司先生で…藤堂操先生はわたしに小説家という夢を与えて…?
 


こんな偶然、夢なんじゃないかって、心がすんなり受け入れてくれない。それならと頬をつねってみてもただじんわりと痛みが広がるだけだ。
 
 
「井上さん。」
 
 
いつもの声で苗字を呼ばれて頬をつねったままのアホ面で声の方を見上げると、藤堂先生がわけのわからないという顔でこちらを見ていた。
 

先生はわたしの横にかけると、しばらく無言で向かいの壁を見つめていたが、ふうとため息をつくと「驚かせて、すみません。」と呟くように言った。
 
 
「ずっと知っていたのですが、中々言い出せず…」
 
 
「いえ、こちらこそ、知らなくて、知らないうちに傷つけてたらごめんなさい」
 
 
「傷つく様なこと、井上さんは言ってないですよ。」
 
 
俯きがちにそう言うわたしに視線を送りながら先生は優しくそう言い、「それよりも、」と続けた。
 
 
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