あの日溺れた海は、


『今日は、忙しいのに変なLINE送ってすみませんでした。寝不足なのも、お父様のことで、ですよね?まだ明日も大変だとは思いますが、ちゃんと休める時に休んでください』
 
 
その日の夜。早速藤堂先生にラインを送った。これでも必要最低限の気持ちを込めて。
 
 
『こちらこそ有難うございます。井上さんもちゃんと寝るように。私は大丈夫だから。また学校で、おやすみ。』
 
 
電波にのって贈られてきたその言葉を、一つも取りこぼさないように丁寧に読んでは胸の中にしまっていく。
 
 
先生はいつもわたしのことを気遣ってくれる。ジャケットを貸してくれて、俺は大丈夫だから、井上もちゃんと寝るようにって言ってくれて、パニックになった時だって、心配して駆け寄って来てくれて、もし体育祭の時の夢が現実なら、手を握ってくれて。
 
 
わたしが特別じゃないことなんてわかってる。先生にとっては当たり前のことだってわかってる。
 
でも今日みたいな運命は、わたしと先生だけのものだって。
 


多くは望まないから、先生はただわたしの世界の中にいたら、先生の視界にわたしをうつしてほしいなんてわがまま言わないから、先生が先生になるきっかけであり、わたしが小説家を目指す理由でもあり、わたしが先生と出会い、初めての恋を経験したこの奇跡は、わたしだけのものなんだって、独り占めさせてください。
 
 
 
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