あの日溺れた海は、

 
 
その日のお昼休みに異変は起こった。

いや、もう前からジリジリと追い詰められてきてたんだけど。

昼食を食べたあと、途端に胃の不快感を覚えて、堪らずに机に突っ伏した。

多分、睡眠不足によるもの。昼休みが終わるまで寝れば少しは良くなるだろうと目を瞑ったけど、どうしても気持ち悪くて寝るどころではなかった。
 
 
「はな、大丈夫か」
 
 
亮の声が真上から聞こえた。本当は強がって大丈夫だと言いたかったけど、もうそんな気力もなく、涙声で「無理、かも」と答えることしかできなかった。
 
 
「わかった、保健室に行こう。立てるか?」
 
 
そう言う亮の声に素直に従って立ち上がるも、急に立ち上がったからか身体がふらついてりょうのほうへ倒れ込んでしまった。

そんなわたしの体を亮は優しく抱き止めた。
 
そしてわたしの膝裏に手を掛けて持ち上げた。いわゆるお姫様抱っことかいうやつだと思う。教室内から女子の黄色い声や、男子の茶化す声が聞こえて、亮に降ろしてと抵抗しようと思ったけど、それすらもできないくらい困憊していた。
 
しょうがなくぎゅっと目を瞑って耐えることにした。
 
教室を出た後も私たちが通ろうとすると途端にざわつく廊下に恥ずかしさで消えてなくなりたくなった。
 
 
 
 
「じゃあ、もう行くな。俺がいるとゆっくり休めないだろ。次の授業の先生には俺から言っとくから…無理すんなよ」
 
 
保健室に着いて、ベッドにわたしを優しく下ろした亮はそう言うとカーテンを閉め、保健室の先生に挨拶するとそのまま出て行ってしまった。
 
 
「井上さん、これ胃薬。飲んだらゆっくり寝てていいからね〜」
 
 
カーテンをゆっくりと開けた保健室の先生が渡してくれた小さな錠剤とお水の入ったコップを受け取り飲んでコップを返すと、ゆっくりと横たわって目を瞑った。
 
 
プラセボかもしれないけど、段々胃の違和感が消えて、身体の強張りが解けていく。
 
 
 
 
 
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