あの日溺れた海は、
「はな。」
昇降口にたどり着くと、亮が傘立てに寄りかかって待っていた。
わたしが「え?」と疑問の声を上げると亮は照れ臭そうに笑いながら「ずっと、待ってた。メッセージは既読もつかないしさ。」と返した。
わたしは慌てて携帯を確認すると確かに亮からのメッセージが届いていた。
「ご、ごめん。」
「いいって、また小説書くのに夢中になってたんだろ。」
そう言ってニカっと笑うと「帰ろ。」と言って歩き出した。
「別に、帰りまで一緒じゃなくたって、大丈夫なのに。」
帰宅ラッシュを過ぎて少し空席のある電車内でわたしはそう隣に座る亮に言った。
あんな寒い場所で待たせるのなんて申し訳ないし、と付け足すと、亮は「いーの。」と明るく言った。
「俺がはなと一緒に帰りたいだけだから。」
そう言ってまた優しく笑った。
今までに向けられたことのない笑顔を向けられて、どうしたらいいのかわからなくて、マフラーに顔を埋めた。
いや、今までも幾度となく向けられていたのに気づかないふりをしていただけなのかもしれない。
そう思うとなんだか申し訳ないような、不思議なような、よくわからない感情に襲われた。
「また、明日、迎えに来るよ。」
家の門の前でそう言う亮にわたしは「ううん、大丈夫。」と断った。
いつまでも亮に頼って生きていくわけにはいかない。
亮は少し寂しげな表情をして、「わかった。」と答えるとじゃあ、と言って家の中へ入っていった。
「また明日。」そう返してわたしも家の中へ入った。