あの日溺れた海は、
数学部の部室を外から覗いてみたり、職員室の中を探し回って近藤先生に行方を聞いたり、図書室をくまなく探したり、まさかとは思ってグラウンドを見下ろしたけど先生の姿はどこにもいなかった。
心当たりがあるとすれば、一つあるのだけれど。
まさかとは思いつつその教室の前まで行くと、ついているはずのない電気がついており、中に人の気配を感じた。
きっと、藤堂先生はこの中にいる。
この扉を開けば一つの恋が終わる。
それは辛いことだけど、きっと、大丈夫。準備できてる。
そう言い聞かせて力強くドアを開けた。
その瞬間古い紙のにおいが鼻をついた。
もう嗅ぎなれた匂い。
文芸部室のわたしの机の上にもたれかかっている先生は原稿用紙をまじまじと見つめていた。
長いまつげ、眼鏡の奥に隠れた切れ長の目、黒く艶のある髪の毛に、細長くきれいな指。
憎くて、大好きな藤堂先生。
先生はわたしの姿を捉えると「遅かったですね。」と口の端を上げてそう言った。
「先生が、教科室にいないからじゃないですか。」
そんな顔も今は憎たらしくてムッとしながら答えたわたしをスルーして、先生は口を開いた。
「まあいい。早速本題に入りましょう。」
そう淡々という先生の言葉にわたしは覚悟を決めた。心の準備はできている、いつでもこいと心の中で叫んでゆっくりとうなずいた。