あの日溺れた海は、
「私は、何かを手に入れるのが、怖いんです。」
「え?」
思っていた言葉とは全く違う予想だにしていなかった先生の言葉にわたしは思わず声を上げた。
そんなわたしに構わず先生は続けた。
「幼いころから何かを手に入れようとすると何かを失いそうになってきたんです。
クリスマスの朝、サンタさんからのおもちゃと引き換えに母を失ったような気がして。そんなことはただの偶然だと思っても心の奥底では、怯えてるんです。
そんな弱さを知られたく無いから、感情を隠すようになったんです。よく言われるし、井上さんも思ってたでしょう?何考えてるかわからないって。
それに人と必要以上に関わらないようにしようって思って生きてきたんです。自分の人生で失いたくないものにこれ以上出会いたくないという自己防衛だったんでしょうね。どうせ失うくらいなら最初から知らない方がましだと思ってました。」
俯きがちに話す先生の言葉にわたしはただ頷いた。
「それでも25年間生きてきて、何かの間違いで失いたくないものが出来てしまったことに気づいたんです。
ヒューマンエラーだ、間違いは誰にだってある、今なら引き返せる。
そう思っていくほどに、人間って不思議な生き物でどんどん逆に深みにはまっていってしまうんですよね。
なんとしてでも手放したくないと思ってしまって、気づいたらもう引き戻れないところまで来てしまっていたんです。
それどころか、馬鹿な私は、その弱ささえ曝け出して、そんな自分でも認めてほしいと思ってしまった。
そんな人に告白されて、初めてのことで、いい年した私みたいな男が舞い上がって、幸せだった。
でも途端に何と引き換えに井上さんを得るんだと考えたら恥ずかしいのですが、怖くなってしまったんです。」
突然出てきたわたしの名前に状況が理解できず混乱した。