あの日溺れた海は、
「だから井上さんの気持ちと向き合うこと、自分の井上さんに対する気持ちに向き合うことを避けてしまっていたんです。
それで傷つけて、精神的にも肉体的にも追い詰めてしまっていたならすみませんでした。
馬鹿だよ、俺は、本当に。井上さんは一生懸命自分の気持ちと向き合っているというのに。」
混乱しているなかで何とかゆっくり先生の言葉を飲み込んでいるうちに自然と涙があふれてきた。
「大の大人が、しかも教師である私が、生徒である未成年の井上さんに言うべき言葉ではないと分かってます。
今更受け入れられないというのなら今この瞬間だけ耳を塞いで聞かなかったことにしていただきたい。
井上さんのことが好きだ。
何よりも大切だ。
すべてを失っても井上さんだけは放したくない。
だから、ずっと傍にいて。」
今までにないくらい悲痛な表情で、でも透き通った瞳でまっすぐとわたしを見つめてそう言った。
なんで、振られる覚悟で来たのに…好きって…
訳も分からず涙を流しながらじっと先生を見つめていると、先生はふっと笑った。
「その涙は…いえ。返事は卒業してからください。
そもそも教師と生徒である以上手を出したりとかそういうつもりはないですし。
来年の春、その時に答えを聞かせて。」
そう言うとわたしの頬に優しく触れて親指で涙を拭った。
大きい手からは想像もできないほどすごく優しい手つきだった。
わたしは精一杯首を縦に振って、呼吸を整えると、口を開いた。
「好きです、ずっと。」