あの日溺れた海は、
先生は言い返せないのか、それともただ無視をしているのか、何も言わずに書類を漁っていた。


わたしはあまりにも悪意を込めた物言いに一瞬後悔をしたが、そんな先生の態度にもう一度つづけた。


「わたしの破かれた原稿用紙だって…持って行ったの、先生しかいないんですからね。返してくださいよ。」


どんどん感情が入って、最後の方は思わず声が震えてしまい自分でも驚いた。


しかしそんなわたしに先生は容赦などしなかった。


「知らないって言っているではないですか。しつこいですよ。」

そう静かに言い返すと、先生は書類の束を持って相談室を出て行ってしまった。


そんなこと言ったって、藤堂先生しかありえない。

そもそも先生には私の原稿を勝手に持ち出した前科がある。

その時は戻ってきたし、添削されていたことは素直にうれしさもあった。

なのに…

こんなに冷たくて意地悪な人が赤ペン先生だったなんて、今となっては知らない方が幸せだったのかも。

そうとまで思ってしまうくらい、ここ数日で先生の印象は地に落ちていった。

あんなに躍起になって探し求めていた正体なのに…。

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