あの日溺れた海は、
わたしは恐る恐るその人──山崎さんへ近付いた。
その胸に抱えている紙の束に気づいて、もしかして、と思ったからだ。
「これっ…!」
山崎さんはそう言うと勢いよく紙の束をわたしの前へ差し出した。
もしかして、と思った通り、それはわたしの原稿だった。
破かれていたはずのそれはセロハンテープで丁寧に接着されており、わたしは驚きながらもそれを受け取った。
「どうして…。」
藤堂先生が持っていったと思っていたのに、山崎さんが持っているの?そう聞こうとして口を開いたが、山崎さんはその言葉を遮るように「ごめんなさいっ!」と、頭を下げた。
そこから山崎さんの自分語りが始まった。
どうやらわたしのことは中学時代から知っていたらしく、コンテストを受賞した作品を読むたびにライバル心を燃やしていたこと。
どんな人間なんだろうかと思って文芸部に見学しに来たら至って普通で、友達にも恵まれていて、友達もいない根暗な自分と比べて嫉妬心込み上げてきたこと。
原稿を破ってしまったのは出来心だったこと。
今日はその謝罪をしに来たこと。
初めて会った時の嫌悪感丸出しの彼女とは別人のように、びくびくと何かに怯えながらそう述べる山崎さんに、わたしは深いため息をついた。
ビリビリに破られた原稿用紙はどんなに綺麗でテープで補修しても不恰好で、破かれてしまった事実は覆ることなんてないのに。
同じ小説家を目指す者として、その作品を傷つけるようなことをして『出来心でした』で謝罪されても許されるはずがないことがなぜ分からないのだろうか。
そんなことを口に出したところで何かが変わるわけではないんだ。と思って胸の奥へ飲み込んだ。