エリート弁護士との艶めく一夜に愛の結晶を宿しました
「それにしてもお前たちが本当に結婚するとは驚いたな」

 からかいではなく本気で言っているのが伝わってきたので、私は唇を尖らせる。

「なに? 本当にって」

「いや。病気で倒れる前にな、稀一に言ったんだよ。『俺になにかあったら日奈乃を頼む。なんなら結婚してやってくれ』って。それがこうして実現したものだから」

「……はぁ?」

 あまりにも突拍子のない発言にここが病院だというのも忘れて私は声を上げた。そんな話は初耳だ。

 私の反応が意外だったのか父があからさまに眉をひそめる。

「なんだ、その顔は。お前は昔から稀一に惚れていたから気を利かせてやったのに」

「だからって! え、それ、冗談で言ったんでしょ?」

 どうせいつもの軽口を叩いたのだろう。そうであってほしい。

「冗談なものか。大真面目さ」

 ところが父はあっさりと否定する。わざわざふたりとのときにかしこまって切り出したとまで言うので私は目眩を起こしそうになった。

「……それで、稀一くんはなんて?」

 極力、感情を乗せずに尋ねる私の手には汗がじんわりと滲んでいる。父はこちらの心の機微などまったく気がついていない。

「そのときは『今の話は聞かなかったことにします』ってすげなく返されたんだよ。こちらも結婚を無理強いするつもりはなかったがな。だからお前たちが結婚するって聞いたときは嬉しさ半分驚き半分だったさ」

 私は返す言葉が出てこない。足元が崩れ落ちそうになるのを必死に堪える。
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