エリート弁護士との艶めく一夜に愛の結晶を宿しました
「まぁ、あいつもお前のことを少なからずよく思っていたんだな。じゃないと結婚なんて言い出さないだろう」

 なにも言わない私を不審に思ったのか、父がベッドの上から今更のフォローを入れてくるが、なにも響かない。

 そのときノック音が聞こえ、我に返る。顔を出したのは担当医でどうやら回診の時間らしい。私は頭を下げ、医師に挨拶をした。

 退院の目処がついた話などを聞き、早く仕事に戻りたいと息巻く父を軽く落ち着かせる。

 気持ちはわかるけれど無理は禁物だ。これで仕事量に関してもちょっと考え直してほしい。

 それは父自身も思うところだったのか、入院中に病室から会社を気にかけ指示を出す一方で、少しずつ周りに任せていく感覚を覚えていったらしい。

 これは稀一くんや稀一くんのお父さんからちらっと聞いた話だ。

 しばらくして沖さんが戻ってきたので私の結婚に関する話は、父とそれ以上することはなかった。他愛ない会話を楽しみつつ沖さんに後を頼み、私は病室を出る。

 久しぶりに元気そうな父と向き合って話ができてよかった。とはいえ……。

 私は父が稀一くんにかけた言葉が忘れられずにいた。

 外に出たついでにどこかでお茶をして帰ろうかと思っていたけれど、そんな気分にはなれず私は真っすぐ自宅に帰った。

 空を見上げると分厚い雲が空を覆い、今にも雨が降り出しそうな気もしたから。
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