エリート弁護士との艶めく一夜に愛の結晶を宿しました
「え、え?」

「転ばれでもしたら困る」

 稀一くんが真面目な顔で動揺する私の手を握った。頬がさらに熱くなり、思わず振り払いたい衝動に駆られる。

 手を繋ぐこと自体がどうこうではなく、ここが外なのが原因だ。

「こ、転ばない。走らないし、大丈夫だよ」

 気持ちばかりに手を引いて、抵抗を試みる。しかし彼は私の手を離さない。

「嫌なのか?」

「い、嫌とかじゃなくて、恥ずかしいというか、なんというか……」

 最後はごにょごにょと口ごもる。異性との経験がほぼ皆無な私にとって人前で手を繋ぐというのは、なかなかハードルが高い。

 手を繋ぐどころかもっと密着しているカップルなどたくさんいるのに。

 今まで稀一くんも外で堂々と手を繋ぐことなんてなかったから驚きが隠せない。

 あたふたしている私に稀一くんはそっと顔を近づけた。彼の行動に思考が停止する。

「妻と手を繋いでなにが悪い? 大事だからひとときも離したくないだけだ」

 そのときエレベーターが辿りついたので私たちはそのまま乗り込む。繋がれたままの手が異様に熱を持ち、心拍数が上昇する。

 彼の言葉で手を繋ぐ恥ずかしさなど吹き飛んでしまった。だめだ。やっぱり稀一くんに敵わない。

 目的のフロアに辿りつき、私は極力てきぱきと買い物を進めていく。
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