瑠璃色の街
第16話、命紡ぐ街
恋をしている時、人は、何が起きても良い方へと考える。
ポジティブな思考に走る要因には、やはり、恋の相手の存在があろう。
『 あの人の為に 』、『 あの子の為に 』という考えが、自分を奮い立たせ、
普段では考えられない集中力や、行動を発揮させる。
『 恋は、盲目 』
その言葉の、裏返しにもなるかもしれない。
元来、恋とは、一途なものだ。
自分では、信じられないような行動も、心寄せる相手の為にであれば、
難なくこなしてしまう。
恋愛期間が『 楽しかった 』と、振り返れる恋ほど、別れの時が来ても、
それは良い想い出に変わるものだ。
反対に、悩みつつ、交際した恋の終局は、憎しみへと変わる。
それもまた、経験であろう。
恋とは、人生の一部である。
真剣にした恋ならば、それはいつか、自分の人生の機微となる。
流行の服を着替えるように、常に相手を替える恋は、単なる『 憧れ 』に
過ぎない。
飽きて来れば、捨ててしまうものだ。
『 憧れ 』の多くは、容姿から入る。
確かに、恋の出発は『 憧れ 』であろう。
だが、その憧れは、大部分が自己を中心に想像した『 希望 』であり、
自分の希望するシーンの中に当てはめて考えている事が多いように思われる。
ショッピングやデートをしたいとか、友人にそれとなく見せ付け、自慢したい
とか……
相手の持ちや、意志の理解。 それがなければ、短期間のうちに恋は終わる。
なぜならば、その次に芽生えるべき『 愛情 』が、無いからだ。
相手に対し、アピールすべき自分の姿すら見えていない者ほど、
『 故意 』を繰り返す。
……夕暮れの街。
1台の車が、住宅街に近い道を走っていた。
歩道には、下校途中の小学生たちが数人、歩いている。
車が、子供たちに近付く。
1人の子供が、友だちに手を振りながら、突然、車道に飛び出して来た。
慌てて、子供を避ける、車。
対向車のダンプカーに接触し、車は、コントロールを失う。
ヒビの入ったフロントガラスに、呆然と立ち尽くす子供の姿が流れ、
続いて、ガードレール。
やがて、道路脇の電柱に衝突し、車は止まった。
電柱が、運転席にめり込んでいる。
運転席の男は、ひとしきり頭を振っていたが、やがて、ぐったりとシートに
倒れ掛かった。
男が、小さく呟いた。
「 ……あゆみ…… 」
出逢いがあれば、必ず、別れがある。これは、運命である。
限られている時間の中での交友である事を認識しなくてはならない。
自分を最大限アピールし、相手を最大限知る。
天文学的な数字の出逢いの中から、自分の友・師・仲間… そして、恋の
相手を見つけるのだ。
そうそう簡単に、見つかるモノではない。
身近な者に、片っ端からモーションを掛けたって、無駄な事だ。
やらないよりは、した方が、確立は上がるだろうが……
恋愛は、その期間の長さではない。
どれだけ、相手と判り合えたか、である。
それさえ充分に出来れば、ある意味、その2人に、別れなど無いだろう。
悲しみはあっても、後悔など無いからだ。
……心と心の、コミュニケーション。
それが、恋愛である。
「 あゆみちゃん、お久し振り! 」
「 …あ、大原さん。ご無沙汰してます! 」
公園のベンチに座っていたあゆみに、大原が、手を振りながらやって来た。
「 体調、どう? もう、安定した頃よね 」
「 はい。 昨日、病院に行って来たんですけど、順調ですって 」
「 そう。 良かった 」
大原は、あゆみの横に座りながら答える。
あゆみは、マタニティードレスの上から、大きくなったお腹に手を当て、言った。
「 …早く、逢いたい……! 」
大原は、嬉しそうなあゆみの表情を見ながら言った。
「 あゆみちゃんも、お母さんかぁ~… 先を越されちゃったな 」
少し笑い、大原の方を向いて答える、あゆみ。
「 お世話になっていた親戚の叔母には、随分、叱られました。 でも、最後には、分かってくれて…… 元気な子を産めって… 」
無言で頷く、大原。
ポーチの中からスマホを取り出し、メールの着信を確認しながら、大原は言った。
「 でも… 急に、結婚式を挙げるから来てくれ、って聞いた時は、びっくりしたなあ~…… しかも、あの村田さんと、この公園の展望所だって言うんだもん。 でも、変わってて新鮮だったな。 参列者が、中田さんを含めて3人だけっていうのも家族的で良かったよ? あ… 村田さんの上司の、有田さんもいたから、4人か。外国の結婚式みたいだったね 」
お腹をさすりながら、あゆみは答えた。
「 ホントは、2人だけで、牧師さんだけ呼ぶつもりだったの。 でも、大原さんや新見さんたちには、立ち会って欲しくて… 」
大原は、スマホを閉じてしまうと、小さくため息をつき、ベンチの、背もたれにもたれると、呟くように言った。
「 村田さんが、事故で亡くなった時…… 心配したのよ? あゆみちゃん、自殺しちゃうんじゃないかって……! 」
あゆみは、しばらく無言でいたが、やがて答えた。
「 …ホントは、そうしようと思ってた。 毎日毎日、泣いて…… 」
少し俯きながら、あゆみは続けた。
「 涙って… ホントに枯れるのね。 そのうち、何にも考えられなくなって… 何にも、手につかなくなって…… 全然、悲しく無いの 」
大原は、じっと、あゆみの言葉を聞いている。
あゆみは続けた。
「 当たり前のように、ふと、『 あ、幸二さんのトコに行かなきゃ 』って…… だけど、妊娠が判って、思い留まったの。 この子は、きっと… 幸二さんの生まれ変わりなんだ、って思ってね。 死んじゃいけない! この子と生きていかなくちゃ…! って 」
大原は、あゆみの方を見ると微笑み、言った。
「 本当に、そうなのかもしれないね…! 」
あゆみは、遠くを見るような目で言った。
「 …幸二さんは、私に、この子を残してくれた…… 寂しくないと言えば、ウソになるけど… 私は、幸せ。 …あっ…! 動いた! 」
胎児が動き、びっくりする、あゆみ。
大原が、あゆみのお腹に手を当て、言った。
「 ……幸二さん、何か言ってるのかもしれないよ? 」
その言葉を聞き、あゆみは嬉しそうに笑った。
両手で、自分のお腹をさすり、言った。
「 名前は… 男の子だったら、『 こうじ 』って付けるの 」
「 長男なのに? 」
「 ホントはそうしたいけど、『 司 』って字にする 」
「 幸司くん、かぁ~…… きっと、村田さんのような優しい子になるんだろうな…… 女の子だったら? 」
あゆみは、答えた。
「 瑠璃香、瑠璃奈、瑠璃絵…… とにかく、瑠璃という名前に、あやかりたいの 」
「 可愛い名前ね! 」
再び、遠くを見つめながら、あゆみは続けた。
「 私も、幸二さんもこの街で生まれ、この街で育ち、この街で出逢ったの。 そして幸二さんは、この街から旅立って逝ったわ… 今でも、この街で眠ってる…… 私は、この街が好きなの……! 」
あゆみの足元に、ハトが1羽、舞い降りて来た。
クッ、クッ、と鳴きながら、あゆみの足元を歩き回り、小首をかしげて、あゆみを見上げる。
微笑む、あゆみ。
続いて、2羽・3羽と、舞い降りて来る。
小さな羽毛が、あゆみの大きくなったお腹に落ちて来た。
あゆみは、それを指先で摘み、やわらかな羽毛の先を、軽く唇にあてた。
あゆみは、言った。
「 …この街が、好きなんです…… 」
『 瑠璃色の街 / 完 』
ポジティブな思考に走る要因には、やはり、恋の相手の存在があろう。
『 あの人の為に 』、『 あの子の為に 』という考えが、自分を奮い立たせ、
普段では考えられない集中力や、行動を発揮させる。
『 恋は、盲目 』
その言葉の、裏返しにもなるかもしれない。
元来、恋とは、一途なものだ。
自分では、信じられないような行動も、心寄せる相手の為にであれば、
難なくこなしてしまう。
恋愛期間が『 楽しかった 』と、振り返れる恋ほど、別れの時が来ても、
それは良い想い出に変わるものだ。
反対に、悩みつつ、交際した恋の終局は、憎しみへと変わる。
それもまた、経験であろう。
恋とは、人生の一部である。
真剣にした恋ならば、それはいつか、自分の人生の機微となる。
流行の服を着替えるように、常に相手を替える恋は、単なる『 憧れ 』に
過ぎない。
飽きて来れば、捨ててしまうものだ。
『 憧れ 』の多くは、容姿から入る。
確かに、恋の出発は『 憧れ 』であろう。
だが、その憧れは、大部分が自己を中心に想像した『 希望 』であり、
自分の希望するシーンの中に当てはめて考えている事が多いように思われる。
ショッピングやデートをしたいとか、友人にそれとなく見せ付け、自慢したい
とか……
相手の持ちや、意志の理解。 それがなければ、短期間のうちに恋は終わる。
なぜならば、その次に芽生えるべき『 愛情 』が、無いからだ。
相手に対し、アピールすべき自分の姿すら見えていない者ほど、
『 故意 』を繰り返す。
……夕暮れの街。
1台の車が、住宅街に近い道を走っていた。
歩道には、下校途中の小学生たちが数人、歩いている。
車が、子供たちに近付く。
1人の子供が、友だちに手を振りながら、突然、車道に飛び出して来た。
慌てて、子供を避ける、車。
対向車のダンプカーに接触し、車は、コントロールを失う。
ヒビの入ったフロントガラスに、呆然と立ち尽くす子供の姿が流れ、
続いて、ガードレール。
やがて、道路脇の電柱に衝突し、車は止まった。
電柱が、運転席にめり込んでいる。
運転席の男は、ひとしきり頭を振っていたが、やがて、ぐったりとシートに
倒れ掛かった。
男が、小さく呟いた。
「 ……あゆみ…… 」
出逢いがあれば、必ず、別れがある。これは、運命である。
限られている時間の中での交友である事を認識しなくてはならない。
自分を最大限アピールし、相手を最大限知る。
天文学的な数字の出逢いの中から、自分の友・師・仲間… そして、恋の
相手を見つけるのだ。
そうそう簡単に、見つかるモノではない。
身近な者に、片っ端からモーションを掛けたって、無駄な事だ。
やらないよりは、した方が、確立は上がるだろうが……
恋愛は、その期間の長さではない。
どれだけ、相手と判り合えたか、である。
それさえ充分に出来れば、ある意味、その2人に、別れなど無いだろう。
悲しみはあっても、後悔など無いからだ。
……心と心の、コミュニケーション。
それが、恋愛である。
「 あゆみちゃん、お久し振り! 」
「 …あ、大原さん。ご無沙汰してます! 」
公園のベンチに座っていたあゆみに、大原が、手を振りながらやって来た。
「 体調、どう? もう、安定した頃よね 」
「 はい。 昨日、病院に行って来たんですけど、順調ですって 」
「 そう。 良かった 」
大原は、あゆみの横に座りながら答える。
あゆみは、マタニティードレスの上から、大きくなったお腹に手を当て、言った。
「 …早く、逢いたい……! 」
大原は、嬉しそうなあゆみの表情を見ながら言った。
「 あゆみちゃんも、お母さんかぁ~… 先を越されちゃったな 」
少し笑い、大原の方を向いて答える、あゆみ。
「 お世話になっていた親戚の叔母には、随分、叱られました。 でも、最後には、分かってくれて…… 元気な子を産めって… 」
無言で頷く、大原。
ポーチの中からスマホを取り出し、メールの着信を確認しながら、大原は言った。
「 でも… 急に、結婚式を挙げるから来てくれ、って聞いた時は、びっくりしたなあ~…… しかも、あの村田さんと、この公園の展望所だって言うんだもん。 でも、変わってて新鮮だったな。 参列者が、中田さんを含めて3人だけっていうのも家族的で良かったよ? あ… 村田さんの上司の、有田さんもいたから、4人か。外国の結婚式みたいだったね 」
お腹をさすりながら、あゆみは答えた。
「 ホントは、2人だけで、牧師さんだけ呼ぶつもりだったの。 でも、大原さんや新見さんたちには、立ち会って欲しくて… 」
大原は、スマホを閉じてしまうと、小さくため息をつき、ベンチの、背もたれにもたれると、呟くように言った。
「 村田さんが、事故で亡くなった時…… 心配したのよ? あゆみちゃん、自殺しちゃうんじゃないかって……! 」
あゆみは、しばらく無言でいたが、やがて答えた。
「 …ホントは、そうしようと思ってた。 毎日毎日、泣いて…… 」
少し俯きながら、あゆみは続けた。
「 涙って… ホントに枯れるのね。 そのうち、何にも考えられなくなって… 何にも、手につかなくなって…… 全然、悲しく無いの 」
大原は、じっと、あゆみの言葉を聞いている。
あゆみは続けた。
「 当たり前のように、ふと、『 あ、幸二さんのトコに行かなきゃ 』って…… だけど、妊娠が判って、思い留まったの。 この子は、きっと… 幸二さんの生まれ変わりなんだ、って思ってね。 死んじゃいけない! この子と生きていかなくちゃ…! って 」
大原は、あゆみの方を見ると微笑み、言った。
「 本当に、そうなのかもしれないね…! 」
あゆみは、遠くを見るような目で言った。
「 …幸二さんは、私に、この子を残してくれた…… 寂しくないと言えば、ウソになるけど… 私は、幸せ。 …あっ…! 動いた! 」
胎児が動き、びっくりする、あゆみ。
大原が、あゆみのお腹に手を当て、言った。
「 ……幸二さん、何か言ってるのかもしれないよ? 」
その言葉を聞き、あゆみは嬉しそうに笑った。
両手で、自分のお腹をさすり、言った。
「 名前は… 男の子だったら、『 こうじ 』って付けるの 」
「 長男なのに? 」
「 ホントはそうしたいけど、『 司 』って字にする 」
「 幸司くん、かぁ~…… きっと、村田さんのような優しい子になるんだろうな…… 女の子だったら? 」
あゆみは、答えた。
「 瑠璃香、瑠璃奈、瑠璃絵…… とにかく、瑠璃という名前に、あやかりたいの 」
「 可愛い名前ね! 」
再び、遠くを見つめながら、あゆみは続けた。
「 私も、幸二さんもこの街で生まれ、この街で育ち、この街で出逢ったの。 そして幸二さんは、この街から旅立って逝ったわ… 今でも、この街で眠ってる…… 私は、この街が好きなの……! 」
あゆみの足元に、ハトが1羽、舞い降りて来た。
クッ、クッ、と鳴きながら、あゆみの足元を歩き回り、小首をかしげて、あゆみを見上げる。
微笑む、あゆみ。
続いて、2羽・3羽と、舞い降りて来る。
小さな羽毛が、あゆみの大きくなったお腹に落ちて来た。
あゆみは、それを指先で摘み、やわらかな羽毛の先を、軽く唇にあてた。
あゆみは、言った。
「 …この街が、好きなんです…… 」
『 瑠璃色の街 / 完 』