御曹司にビジネス婚を提案されたけどもしかしてこれは溺愛婚ですか?
私はスーツケースを抱きしめて持って行かれないように座り込んでいるが、男はキャリーハンドルに手を掛けているだけで強引に取ろうなんてしていない。

しかもスーツケースは黒であり、どちらかと言えば彼の持ち物に見えなくもない。

彼はしゃがみ込み、私の目線に合わせると「落ち着いてください。迷っているんですよね?」と冷静な声で話しかけてきた。

確かに私は迷っている。分かりやすいと思っていたパリのど真ん中で私は迷子だ。

初めての海外旅行に浮足立ち、着陸直後から無駄に写真を取ったりネットを繋いだりしたせいで3年以上も使用している私のスマホは死んでしまった。つまり充電切れだ。

電源が入らないスマホはただの箱。なんの役にも立たない。

いや、銃弾が撃ち込まれた時に私を守ってくれるかもしれないが、生きていて銃弾が撃ち込まれるケースなんて()()うない。

頼みの綱は念のために用意していたガイドブック。
だがしかし、私は地図が読めない。

手元でクルクル回しながら歩いているのにいつの間にかこのシャンゼリゼ通りに戻ってくる。

何度も来ているのはパリではなくこのシャンゼリゼ通り。
しかも1時間の間に10回以上は戻ってきている。
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