御曹司にビジネス婚を提案されたけどもしかしてこれは溺愛婚ですか?
それは私宛の手紙だった。
真っ白な便せんに可愛い丸文字で書かれている。

母の字だ。

私に不自由な暮らしをさせてしまったことを謝る文章だった。

私は母との暮らしを不自由だとは思わなかった。
足りないものは沢山あるが、ないものをねだってばかりではいつまで経っても満たされない。

あるものを大切にして創意工夫をすればそこから広がりが生まれる事を母が教えてくれたから私はきっとそう思ったのだと思う。

母は私との思い出を綴った後に、私への願いを書いていた。

沢山素敵な場所に行き、沢山素敵なものを見て、沢山素敵な人に出会って、沢山素敵な恋をして、自分や誰かを大切にできる素敵な大人になって欲しいと。

私は何一つ母の願いを叶えられていなかった。

私は母の願いを叶えようと思った。

半年間で貯まっていたアルバイトのお金で世界中の色々なものが集まる東京に住もうと思った。かつて母が住んでいた祖父母の家があった東京。

母の実家は当の昔に売られていて私が住める場所は無いし、土地勘だって皆無だった。

でも私の頭には東京しか浮かんでこなかった。

それが22歳の頃だった。
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