S系敏腕弁護士は、偽装妻と熱情を交わし合う
(いつか朋くんには私とは違う女性との未来があるんだろうけど……)
ここを出ていこうと決意したはずの心が簡単にぐらつく。いつまでも朋久のそばにいられないと考えた末に出した結論だったのに、彼から予想外の提案をされて簡単にスタート地点に舞い戻った。
彼の本意ではない教授の娘との結婚を阻止するため。朋久のためだと言いながら、自分のためだと菜乃花自身も気づいていた。
朋久が差し出した万年筆を握りしめ、妻の欄に名前を書いていく。これはフェイクだと言い聞かせるが、手は震える。
「おいおい、菜乃、大丈夫か?」
「なんか緊張しちゃって」
手元がぶれて、最後の〝花〟の文字だけやけに大きくなってしまった。
それでもなんとか書ききり、自室から印鑑を持ってきてしっかり押す。ちょっとバランスが悪いのが気になるが、完成したものを朋久に手渡した。
「まあまあの出来だな」
「まあまあってなに」
「ともかくありがとう」