S系敏腕弁護士は、偽装妻と熱情を交わし合う
婚約者の輝かしい称号


ラッシュの通勤電車に揉まれながら、ドアが開くと同時にホームへ押し出される。社会人になってから間もなく二年、毎朝変わらず繰り返される〝試練〟は、ものの数十分で一日の力を使い果たした気になる。


「ふぅ、今朝もすごい混雑だったな」


週明けの月曜日は余計にそう感じる。
競うようにして改札を抜けていく人たちの波に乗り、階段から地上に出ると、菜乃花は深い湖面からようやく顔を出して空気を吸ったような気分だった。

地下鉄の駅から徒歩三分、京極総合法律事務所は国会議事堂や最高裁判所をはじめとする主要政府機関が位置する街にある。
一階から三階にカフェやコンビニ、書店などが入る三十階建ての本社は、菜乃花が入社する一年前に完成した自社ビルだ。それ以前はそこからほど近い場所にある、いくつかのビルに分かれて入居していた。

まだ真新しい本社ビルのエントランスに入り、挨拶を交わし合いながらエレベーターで上がっていく。

法律事務所とはいえ経理や人事など、一般企業のように庶務全般を取り仕切る部署もある。
菜乃花が所属する総務部は五階。エレベーターを降りてパーティションを挟んだその向こうに、ワンフロアすべてを使い総務部がある。人事課や経理課、庶務課ごとに区切られているものの、視界が開けた広いスペースだ。
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