S系敏腕弁護士は、偽装妻と熱情を交わし合う
パソコンが立ち上がり、仕事に取り掛かろうとしたタイミングで菜乃花に声が掛けられた。
顔を上げたら、そこには人事課マネジャーの高坂の姿。穏やかな笑みを浮かべてクリアファイル入りの書類を差し出す。
「承知いたしました。すぐにお届けします」
「必ず手渡しでお願いしますね」
高坂に念を押され、回りのデスクに「二十九階に行ってきます」とひと声かけて席を立つと、すかさず向かいの席の里恵から「いいなぁ」と返ってきた。
その言葉には〝京極先生に会えるチャンス〟といった願望が隠されている。彼氏はいるが、朋久は観賞用として愛でたいのが里恵のスタンスだ。
ちなみに菜乃花が彼と同居しているのは事務所内のほぼ全員が知っている。
というのも、CEO自らが『小さい頃から知ってるから実の娘みたいなもの。うちの朋久のところにいるんだよ』と早々に広めてしまったからだ。本人にばらした意識はなく、ちょっとした〝娘〟自慢だったらしいが。
おかげで朋久だけでなく、所内のみんながふたりは兄妹同然と認識している。女性にモテる彼だから妙な嫉妬を買わずに済むのは助かるが、寂しい気持ちを抱えているのも事実だ。
たまに『これ、京極先生に渡してください』とプレゼントの橋渡しを頼まれるのは、ただひとつ困っている点である。