グレーな彼女と僕のブルー
 そろそろ立ち去ろうと思ったとき。一ヶ月以上前の記憶から、自宅の門を開ける映像がふとまぶたの裏に蘇った。

 何となくお隣さんの家があった方向に目を向け、微かな既視感に襲われた。

 ……あ。

 お隣さんがこちらを見て、ペコッと会釈してくれた記憶を思い出し、僕は慌てておばさんに声をかけた。

「すみません、僕のお隣さんの苗字って分かりますか?」


 *

 乗ってきた自転車を走らせ、僕はそのまま最寄駅へと向かった。先月末家具を買いに行ったインテリアショップの営業時間を調べると九時から開いている事が分かった。

 あのとき、先にデスクを見に行った紗里を追って歩いていると、台車で商品を運ぶ女性店員さんにぶつかった。

 すみません、と会釈して通り過ぎた店員さんを見て、僕は首を捻った。前にどこかで会ったような気がする、と。

 ひと目見て従業員だと分かる黒いエプロンをしていたせいで全く気付かなかった。

 片手で数える程度しか見たことはなかったが、あの人はお隣さんだ。

 おばさんから聞き出した情報によると、お隣さんはハスダさんという苗字で、平日は決まって四時半ごろに帰宅していたそうだ。

 それからは大体いつも洗濯物を取り入れたりして家にいるのが常だったのだが、火事のあったあの日だけは、一度帰宅してから外出をしたらしい。
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