グレーな彼女と僕のブルー
 流れて行く派手な浮き輪を見送ったあと、紗里がスクっと立ち上がった。

「お帰り、恭ちゃん」

 後ろ姿の紗里から声が聞こえ、ビクッと肩を揺らした。

 早い段階で下手な尾行がバレていただけに違いないが、後頭部に目玉でも付いているのかと思った。

 振り返った彼女は懐中電灯で足元を照らしながら、こちらに歩いて来た。

「……なに、やってたんだよ?」

「うん……ちょっとね」

 ちょっとって。またそれかよ。

「お腹空いたねー」

 星のない夜空を見上げ、紗里がスンスンと空気の匂いを嗅いだ。

「今夜は雨だね。早く帰らないと」

「っあ、おい」

 何事もなかったかのように、紗里がすれ違う。思わずその腕を掴んでいた。

「誤魔化すなよ」

「なにが?」

「……おまえ、なにか理由があって浮き輪を流したんだろ? じゃなきゃただの不法投棄だ」

 紗里は真顔で僕の目をジッと見ていた。色素の薄い瞳がやがて三日月型に細められ、紗里が懐中電灯を足元に落とした。

 草っ原のクッションでボスンと鈍い音が鳴る。

 白く細い指先が僕に伸びてきて、そっと喉元を撫でられた。背筋がゾクっと震え、紗里の細い腕を離した。一歩、後ずさる。
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