激情に目覚めた御曹司は、政略花嫁を息もつけぬほどの愛で満たす


「――――は、……の……った」
「―――………がいなく……で婚約話は……とばかり……」

とぎれとぎれではあるが、2人の会話が聞こえる。あまり穏やかとはいえないトーンで、特に弥生の声には悲痛さが滲んでいた。

「………が、一体どんな思いだったか分かってるのか」
「だって、まさかそんなことになってるなんて…。千花には何て謝ったらいいか…」

ドキリと心臓が嫌な音を立てる。これ以上聞いてはいけない。

急に正気に戻った千花は引き返したいと思ったが、足が地面に根を張ってしまったように一歩も動けなかった。

「弥生」

聞きたくない。
颯真が姉の名前を呼ぶのも、この後、姉が口走るであろうことも……。

嫌な予感で胸が潰れそうに痛い。
早く立ち去ればいい。わかっているのにそうしないのは、自分で自分の心にとどめを刺すためなのだろうか。

「自分勝手なのはわかってる。何度だって2人に謝る。でも好きなの…、我慢できなかった…ごめん…ほんとに、ごめんなさい……」

小さく震える弥生の声。涙を流して震わせている肩に颯真がそっと手を置いた。


< 111 / 162 >

この作品をシェア

pagetop