激情に目覚めた御曹司は、政略花嫁を息もつけぬほどの愛で満たす

夜には甘く求めてくれたし、いつだったかはソファでくたくたになるまで抱かれたことだってあった。

嫉妬心や独占欲だって感じたこともあったのに。

1年にも満たない新婚生活だったけど、たくさんの思い出がある。

それを手放さなければならない姉の話を、冷静に受け止めることなんて出来そうにない。

それならば、いっそ自分から……。


昨日、陽菜の家で流しきったと思っていたが、まだ次から次へと溢れてくる涙。この涙が枯れる頃には、ちゃんと2人の話を聞こう。

それまでは、どうか逃げることを許してほしい。

自室に入ると、昨日購入した思い出のチョコレートフィナンシェが入った紙袋が床に転がったまま。それでも千花は、その紙袋を手に取る気にはなれなかった。

(もう、きっと2度と食べられない……)

自室に入りクローゼットからスーツケースを取り出すと、手早く荷造りを済ませた。そして今朝区役所に寄って貰ってきた書類の右側を丁寧な文字で記入し終えると、ゆっくりと左手の薬指から銀色に輝く輪を引き抜いた。

『保育園の外に出たら必ずつけて』
『仕事の時以外は外さないで』

両手で頬を包み込まれ、甘く叱られた時の記憶が脳裏を駆け巡る。あの時は、こんなふうに指輪を外す日が来るなんて思いもしなかった。

あの夜のことを思い出すと後ろ髪を引かれ、決意が鈍ってしまう。

千花は慌ててダイニングテーブルの上に書類と指輪を置いてメモを残すと、スーツケースを引いて振り返らずに玄関を出た。





< 120 / 162 >

この作品をシェア

pagetop