タツナミソウ
手が震えて、持っていたマグカップを倒してしまった。

真っ黒ではない。でも、限りなく黒に近い液体がじわじわとテーブルを侵食していく。縦に長く枝分かれしながら。
ハッとして「ごめん。」と言い、近くにあったティッシュで急いでそれを拭いた。
真っ白なティッシュは茶色く濁って、重たくびしょびしょになってしまった。

「全然大丈夫だから、気にしないで。それより火傷しなかった?」

そう言う翔平の優しさが苦しくて、下を向きながら頷いた。

翔平は頭を掻きながら「あー。もう。」といつもより少し大きな声で言って、幸子の左手を取り甲にゆっくりキスをした。

「チコ?どうした?」

そのまま私の手を両手で握り、顔を上げた亮太がそう言った。

翔平の時と変わらないはずなのに、いつもより心地の良いその声に、涙が溢れてしまった。

「ごめん。私ってわがままだよね。亮太に会えた事が嬉しくて。だから、翔平君に会うとなんかモヤモヤした気持ちになって、亮太に会いたいって思うほど、翔平君の顔見れなくなってね。どうすればいいかわかんないの。」

亮太は一瞬下を向いて、左手は幸子の手を握ったまま、右手で頭を撫でた。

「チコはなんも悪くないよ。いきなり俺が来て混乱したよな、ごめんな。翔平も混乱してると思う。俺はな、2人の事が大好きなんだ。だから俺のせいで2人がぐちゃぐちゃになるのが嫌なんだ。」

「で、でも、でもね、また亮太がいなくなっちゃうのはいやなの、、。」

「うん。俺もチコとまた会えて嬉しい。それに俺もわがままなんだ。またチコといたいと思ってる。だからさ、ルール決めないか?」

「ルール?」

「うん。例えば曜日を決めてその日は翔平に体を借りて一緒にいるとかさ?どうかな?」

本当は毎日でも亮太といたいんだよ。という気持ちを隠して、笑顔で「うん。いいね。」と返した。
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