タツナミソウ
仕事中も昼休みもずっと舞はいつも通りだった。さっき泣いていたのが夢なのかと思うほどに。
むしろ私の方が動揺してしまっていた。
いつもなら気づくはずの、小さなタオルの繊維や苺の黒い毛等が見えなくなっていた。翔平君にも少し怒られてしまった。
何も知らない翔平は、幸子が亮太の事で舞い上がってしまって周りが見えなくなっていると思って、尚更強く当たっていた。きっと勘違いしているだろうと思った幸子は理由を説明したいけれどできるわけもなく、うまく伝えられない自分にも腹が立っていた。売り言葉に買い言葉のような感じで、喧嘩してしまった。私は悪くないから謝らないもの。そっぽを向いた。

仕事が終わり、更衣室で着替えている時も舞は普通だった。

「さ!どこ行く??」

舞が髪を結び直しながら話しかけてきた。
朝はあんなに崩れ落ちるほど泣いていたのに、どうして今はこんなにも普通なのだろう。むしろ朝のアレが演技なのではないだろうかと思うほどだ。ジーと見つめている私に、彼女は笑いながら「なに?なんかついてる?」と鏡を見ながら言って、ゆらゆらしている可愛いピアスをつけた。

「じゃあさ、私の友達がやってる店があるんだけどそこでいいかな?」

「ふーん。その話初めて聞いた。いいよ。行こう!」

「じゃあ、決まりだね。」

お化粧をきっちり直している舞を黙って見ていた。ばっといきなり、舞がこちらを向いて、そのまま行くつもりなのかというように目で訴えかけてくる。コクンと頷く私に、ため息をつきながら、髪を直したりパウダーをポンポンしてくれる舞が私は好きだ。

更衣室の扉を開けると翔平もちょうど帰る所だった。私と翔平を交互に見て何か言いたそうな舞に気づかないフリをして、歩き続けた。翔平の横を通り過ぎる時「お疲れ様です。」小さな声で呟いて少し頭を下げた。翔平君がどんな顔しているのかは見なかった。いや、見れなかったというのが正しいだろうか。

「いいの?なんか話さなくて!」

会社を出てしばらくしてから、後ろをキョロキョロ気にしながら舞が耳元で言ってきた。

「いいの!あんなやつ!」

食い気味に顔を近づけて大きな声で頬を膨らましながら返してしまった。その勢いに圧倒されたのか、舞は目をまん丸にして小刻みに頷いて、それ以上は語らなかった。
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