タツナミソウ
彼の瞳に映る自分を見て、ものすごく怖い顔をしているのに気がついた。食いしばっていた歯を緩めて翔平の傷に触れた。

「っ、、、。触んなよ。」

私の手を振りほどき歩こうとした翔平の左手を掴んだ。精一杯の力で。でもこんな力、翔平にとったら簡単に解けてしまうくらいのものだというのも知っていた。それでも必死にしがみついた。前を向いたままで、こっちを見ないで振り解こうとしないで立ち止まっている翔平の事がとても愛おしく感じた。

「深澤君と何があったの?それ、深澤君にやられたんでしょ?でも、深澤君が理由も無しに殴るとも思えないし、、、」

翔平の背中に訴えかけたがその声は届かなかったのだろうか。言いかけている途中で私の手をはらって先に行ってしまった。

「深澤、深澤って、、、。全部そいつから聞けばいいだろ。」

翔平は去り際にそう呟いて居なくなった。2人はこの間会ったばかりだし喧嘩する原因がわからない。それに深澤君が人を殴った所なんて見た事ない、、、。

「あれ?そういえば、、、。」

誰もいない冷たい廊下で自分の声が響いた。高校時代に一度だけ深澤君が人を殴った姿を見た。今日の翔平の顔の傷を見なければ思い出さなかったと思う。それくらい普段の深澤君からは人を殴るなんて考えられない事だから。
幸子は急いで更衣室に戻りロッカーの扉を開けて携帯を取り出した。

「今日も行く!聞きたい事あるの!わかるでしょ?」

深澤君に送った。工場長と鉢合わせにならないようにまた急いで第二部屋へと向かった。「はやく!始まっちゃうよ!」部屋に行くと、舞が慌てて駆け寄ってきた。朝礼のために第一部署へ行く日なのをすっかり忘れていた。この日は一日中バタバタして、気がつくともう空は赤く染まっていた。
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