タツナミソウ
「幸子にとってはさ、たったそれだけの事なのかも知れないけど、俺にとったら、そのくらい感情的になって自分でも自分を止められなくなるくらいなんだよ。」

深澤君はお酒の棚を整理しながら、絶対にこちらを見ないで、今にも消えてしまいそうな震えた声でそう言った。私は「ごめん。」と言いかけてやめた。この言葉は違うと思ったから。でも、それ以外に何を言ったらいいのかもわからない。私はどうすればいいのだろう。自分の靴の汚れた部分を見つめて考えた。

「困らせてごめんな。ま、俺はもう隠さず自分の好きなようにやるから、覚悟してよ。」

深澤は幸子の頭を優しく撫でて、下を向いていた幸子の顔をクッとあげて前髪を、親指でそっとかき分けて頬に手をずらした。上目遣いをした幸子に、とても優しくとても悪い顔をして、目と口を細めた。

戸惑った。翔平が目の前にいるのにそんな事を言うなんてとか、深澤君ってこんなに悪魔みたいで天使みたいな顔、吸い込まれて全てを奪われそうな、奪って欲しいとすら思うような顔をするんだとか、それなのに頬に触れた手が震えている気がする事とか。私は今まで何を見てきたのだろう。ずっと一緒にいたはずなのに何も知らなかった。知るのが怖くて見えないフリをしていた自分を気づかないようにしていた。

深澤は幸子の濡れたまつ毛を親指で撫でて、手を頭の後ろに回して髪の毛の先まで手を通した。そして、幸子の肩に手をついて同じ方向、翔平の方を見た。

「て事でさ、俺、幸子が好きだから。それを伝えるために今日呼んだのね。あと、さっきは悪かったよ。ごめんな。でも、もうこれから遠慮しないから。覚悟してな。」

「今日の朝は俺も感情的になりすぎました。すみません。でも、深澤さんが幸子さんの事を好きなのを俺に伝えて何になるんですか?」

私も思わず口を挟んだ。

「そうだよ。深澤君。翔平にそんな事言ってどうするのよ。」

「ごめん。幸子。これは幸子はわからなくていい事なんだ。それにさっき言っただろ?幸子にとってはさ、そんな事でも俺には違うって。」

私の肩に乗せていた手にぎゅっと力が入ったのがわかった。でも、全然わからない。そんな事を伝えられて翔平はどう思うのだろう。亮太の事もあるし、、、。私は翔平に迷惑かけてばかりだ。本当にダメダメだな。

「まあ、確かに、幸子さんにはわからなくていい事もあるのはわかります。」

え?わかるの??

「つまり、深澤さんからの宣戦布告て事で受け取っていいんですか?」

「ああ。そういう事かな。俺はライバルだと思ってるし、俺は約束は守る男だからさ。」
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