王子達は公爵令嬢を甘く囲いたい
魔法書探し
そのまま大事なお話は終わり、私達は応接間を出て廊下を歩いていた(使用人の抱っこ突撃を避けながら)。
「アンジュはこのあとどうする?」
「このあと、ですか?そうですね…ようやく解禁
されたので、魔法書を読みたいです」
「それなら、僕も書庫に行こうかな」
「え!ザライド兄様もですか?」
「うん、そうだよ。何かダメだったかな?」
「い、いいえ。ダメ、じゃないですけど…」
びっくりした。てっきり兄様とはこのまま別れると思ってたよ。
でも、そうだよね。魔法が解禁されたのは兄様もだもんね。私と同じで早速魔法書を読んで少しでも学びたいのかも。あ、それか、愛し子について調べることがあるのかな?
「(まだアンジュと一緒にいたいからね…)」
「?兄様、何か言いましたか?」
「ううん、何も言ってないよ」
「…?そうですか。なら、空耳ですかね」
そんな風に兄様と2人で歩いていると、厨房から甘い匂いが漂ってきた。
今さっきガトーショコラを食べたばっかりなのにまた食べたくなってきた。
あまり食べすぎると太るしな〜…。それに、夕食が入らなくなってしまうし…。
うぅ…でも、凄く美味しそうな匂いだ…。
私が1人葛藤していると、タイミングがいいのか悪いのか、コックの1人であるマルスが声をかけてきた。
「あ、ザライド様とアンジュお嬢様じゃないです
か」
丁度良かったと、笑いながらこちらへやって来る。
マルスは栗色の髪で、野良猫を彷沸とさせる瞳は平民に多い焦げ茶色の18歳の青年だ。
髪はいつも外にはねていて、なんだかチャラそうな雰囲気を纏っている。
(ちなみに普通程度のイケメンである)
それにしても、何が丁度良かったのだろう…。
「マルス、どうしたんだ?」
兄様は怪訝そうに尋ねた。
「先程、一口ケーキがあったでしょう」
「あぁ、そうだったね。それが?」
「実は、あの内の1つはオレが作らせて貰ったん
ですよ」
「え!マルスさん、それは本当ですか?」
思わず声をあげた。
だってマルスは見習いで、今まで任されてなかったんだもの。話す度に、今度こそはって、愚痴(?)を言ってたし。
だから、やっと任されたって聞いて嬉しくならないはずがないよ!
「えぇ、お嬢様。本当ですよ!」
「凄いわ!ねぇ、マルスさんが作ったのはどのケ
ーキだったのですか?」
「ガトーショコラですよ」
ガトーショコラ!
「それなら私、食べたわ!」
「僕が食べさせたのがそれだったね」
兄様…。それは今思い出させないで…。
あれ、結構恥ずかしかったんだから。
「マジ…、じゃなくて、本当ですか?!」
どうでした?
おずおずと聞いてくるのが珍しいな、とか思いながら「とても美味しかったです!」と答える。
「アンジュ、幸せそうに食べてたよね。見てるこ
っちも幸せになったよ」
「わぁ…!ありがとうございます!そんな風に言っ
てもらえて嬉しいです!…というか、そのお嬢様
の姿を生で見たかった…っ」
…?後半がよく聞き取れなかったけど、何て言ったんだろう?
マルスは何かに耐えるように手を握ってるし、兄様はそんなマルスを励ますかのように、肩をぽんぽんっと叩いてる。
ん〜…よく分からないけど、通じ合う何かがあったなら、良かったのかな?
ぁ、というか、マルス、こんなところで油売ってて大丈夫なのかな?
料理長のおじさん、優しいけど仕事に厳しい人だからな…。また怒られないといいけど。
私がそう思っていると、厨房のある方から黒髪の青年が現れた。
彼はマリンの兄であるダイナスだ。
ダイナスは長い黒髪を後ろでひとつに括っていて、マルスと同じコック服を着ている。瞳はマリンと同様深い紅色をした、18歳の青年である。
(ちなみに普通程度のイケメンだ)
マルスとは同期で、よく一緒にいるのを見かける。まぁ、つまり、巻き込まれて料理長に怒られている苦労性な人なのだ。
「おい、マルス!!こんなところにいたのか!」
「げっ、ダイナスじゃないか」
「全く、さっさと来い!料理長の怒りゲージがも
う限界だ!」
「うわぁ、ヤッベ!もうそんな時間たったけ」
「お前がふらりと厨房を出てからもう1時間も過
ぎたぞ!」
「マジか」
「マジだよ!」
この2人のやり取りはいつもこんな感じだ。
居合わせたら、必ずこんな会話が始まる。そして…、
「マルス…ここにいたのか…。お"い"、そこじゃ
あ、坊ちゃんと嬢ちゃんの邪魔になるからさっさ
とこい」
あ、料理長が降臨してしまった。
しかも、本当に怒りゲージを突き破ってる…。
ご愁傷様です。
私と兄様は料理長にドナドナされる憐れな二匹の仔羊たちを静かに見送った。