王子達は公爵令嬢を甘く囲いたい
「エルドラード嬢、どうかされました?」
思わず遠い目をして意識を他所にトリップさせていたら、グラナート様が心配そうにこちらを見て話しかけてきた。その隣に座っているグラナート令嬢も心配に─というか、どこか期待するような目で私を見ていた。
ん?何故に??
「あら、申し訳ありません、大丈夫ですわ。少々、考え事をしていただけですの」
浮かんだ疑問はひとまず置いといて問題ないと返答する。令嬢言葉、やっぱ慣れないな……メンタル的にもキツい。羞恥心的な意味で。
「そうですか、なら良かったです」
ニコっと、絵本の王子様然とした笑みをこぼす。え、この子、私達の2歳上とはいえ、まだ8歳だよね??
前世の私(ほのか)より大人っぽいんだけど。この歳ぐらいの時の私(ほのか)なんて、確か桜と双子の兄と一緒に遅くまで遊び周ってたよ。しかも雨の日は白い服をどろどろにして、毎回お母さんに雷落とされてたし。
私がそんなことを考えているとはいざ知らず、横に座っている兄様は、令嬢言葉で話すSSRな私を微笑ましそうに見ていた。
「…では、お互い自己紹介といきましょうか」
グラナート様が穏やかな声音でそう切り出し、話し始めた。
「俺はシュメルク=グラナート、グラナート侯爵
家の次期当主です。俺のことはシュメルクとお呼
び下さい。趣味は…そうですね…乗馬や剣術訓練
など、己を鍛えること、とでもしておきましょう
か」
「わたしはカトリシア=グラナート。シュメルク
お兄様とは2歳差なので、エルドラード様達と同
い年ですね。わたしのことは是非、カトリシアと
お呼びくださいませ。…趣味は、読書と人の観
察、でしょうか」
oh…趣味が人の観察…。な、中々凄い趣味だな…。いやでも、貴族としてはいい事、なのかな…?
「僕はザライド=リーノ=エルドラード。一応、エ
ルドラード公爵家次期当主です。ザライドと呼ん
で下さい。趣味…とは言えませんが、魔法や勉
学、剣術など、大切な人を守るすべを身に付ける
こと、ですかね」
大切な人、というところで、ザライドはチラリと隣に座るアンジュを見た。その視線には、この子が大切で好きなんだ、という隠し切れない甘さがにじみ出ている。当のアンジュは、次に周ってくる自己紹介で言うセリフを必死に考えていて、そのことに気が付かなかったが。
「私はアンジュ=リーノ=エルドラードです、わ。
アンジュとお呼びください…ませ。趣味は…」
えっと、趣味趣味趣味しゅみしゅみシュミ……あれシュミってどういう意味だったけ??ヤバい、考え過ぎてシュミがゲシュタルト崩壊しそうwwまぁ、無難に読書と魔法でいいよね…っ。うん、どちらも好きなことだし!(この間約1秒)
「読書と魔法ですね」
その瞬間、カトリシア様の目がギラリと光った気がした。キラリ、ではなく、ギラリ、だ。
「まぁ、アンジュ様はわたしと同じ趣味をお持ちなのですね!実は、他の数少ない同い年のご令嬢の皆さまは、読書よりも男漁r…ゴホン、殿方ハント好きばかりですので、同じ趣味の人がいて嬉しいですわ!…そういえば、ねぇ、アンジュ様」
息もつかぬ早口でそうまくし上げたと思ったら、一息ついてからそっと呼びかける。
というか、殿方ハントってwwカトリシア様、それ全然誤魔化せてないからwwwなんかこういうところ、前世の唯一無二だった親友の桜と似てるなぁ。
そう、前世の親友を思い出して、しみじみと懐かしく思っていた時だった。
「私とお互いの推しと推しカプについて、存分に語り明かさない??」
カトリシア様は、いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、こちらを窺うようにコテンと、少し首を傾げた。
令嬢としてはあるまじき笑みだが、私はこの光景に見覚えがあった。確か最後に見たのは、もう、10年ぐらい前のこと。
あまりのことに呆然とする。
兄様がそんな私のことを心配し、シュメルク様がカトリシア様にやめなさいと柔らかくたしなめられているが、今の私にはそんなことどうでも良かった。
なんで。
どうして、どうしてカトリシア様がその言葉を知っているの?
それは、桜と私の間だけで伝わる合言葉。
何か他の人には言えない秘密や隠し事などを、打ち明けたい時や吐き出したい時に、聞いて欲しいと、相手にだけ伝える為のもの。
「え…?」
目の前に座っているカトリシア様を見ると、どうかそうであって欲しいと、懇願するような目をしていた。もしかして、本当に、本当にそうなの??
お互い椅子から立ち上がって、何かに操られているかのように、ふらふらと少しずつ近づいていく。
あと3歩で相手に届くであろう距離で止まり、向き合った。
あの頃とはまるで姿も形も違う。でも、絶対にそうだと、心が、魂が叫んでいる。
その名を呼ぶ唇が震えた。
「……もしかして、桜…?桜、なの…?」
「やっほー、ほのか。今世でも相変わらず美幼女だね!…もう、私あなたを沢山探したんだからッ!」
そう言うと、カトリシア様─いや、桜は、あの頃と変わらない笑みに少し涙を浮かべ、思いっきり抱きついてきた。
もう決して、死ぬまで離さないとでもいうように。私の存在を確かめるかのように。ギュッと、強く強く。